「余白の声」第13話「沈黙に至るまで」
秋定弦司
記録する者が、語ることをやめた日
私は職歴柄、メモを取るクセが付いております。しかも、「〇〇月〇〇日〇〇時〇〇分、何があった」かまで……。
あるお方がおっしゃりました。
「お前はメモを取りすぎだ」と……。
そのお方からすればそのように見えるでしょう。その事をとやかく申すつもりはございません。
ところがです。そのお方はご自身の携帯電話はおろか、時計すら持ち合わせておりません。
確かに鉄道やバスと違い、多少の遅れは致し方ないとも存じます。
……しかし、私とて人間でございます。身体の調子を崩す事もあれば、所用で仕事を休む時もございます。……そのような時は如何様になされているのでしょうか。
私が同乗している時はほとんど丸投げ。それが私の仕事と言えばそれまででございます。しかし、私は頼まれた事とはいえ、本来ならば貴方様がなされるべき業務の一部を補助させていただいております。それすら拒まれた時、何が起きたかはお忘れ……でもなさそうですね。
そして貴方様は、よほどご自身を偉く見せたいのでしょうか。業務中も私の業務への的外れ、いや「事実誤認」による「指導」の押し付けの数々……それもお客様ともいえる方々とでも申しましょうか――の方々の面前で……。
さすがに堪忍袋の緒が切れ、書面にて上司に報告した事も何度かございました。
しかしながら、何も変わりませんでした。それはそうでございましょう。企業目線で言えば「いてもらいたい」のはあちら側。私は「余剰人員」でしかございませんから……。
もはや私は沈黙にて記録し、堪忍袋の緒が切れる寸前に、上司に提出しようかと存じます。
……さて、少し話が重くなりすぎましたね。
職場のご同僚の方々の前では私に指図するだけで手足を動かす事もなく、本来ならば貴方様がするべき業務さえ私が走り回る始末……貴方様はさぞ御満足でしょう。
……しかしながら申し上げます。そのご同僚の方々からの視線は貴方様のお考えとは真逆に向いております。
「あの人は偉そうに指図するだけで何もしていない」
ええ。もちろん私もそのように思っております。とはいえ、諸事情を考えれば致し方ない事も承知の上。私も「感情の値引き」をいたしておるつもりでございます。
そうでなければとっくの昔に声を荒げて職場を去っているでしょう。
声を荒らげているうちはまだマシでございます。
貴方様は上司に「私がいると助かる」とおっしゃられているようですが、見当違いも甚だしい。
もはや私は貴方様を「見限った」。そしてお客様ともいえる方々に不安を与えたくない。たったそれだけの事でございます。
単純なものでしょう。
次は報告書と進退伺が上司の机の上に置かれているでしょうから。
ええ、もちろん沈黙も合わせてでございます。
「余白の声」第13話「沈黙に至るまで」 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX
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