狛犬の源流を探る——なぜ角が生えたのか
■獅子舞の傍らで
獅子舞について調べた後、狛犬のことが気になった。
神社の入口に座っている、あの一対の像。獅子に似ているが、獅子とは違う。獅子舞と同じ源流を持つのだろうか、それとも別の系統なのだろうか。
調べてみると、意外な事実がわかった。
■同じ道を来た
狛犬の源流は、獅子舞と同じだ。
古代オリエントで、ライオンは王権と力の象徴だった。城門や王墓の前に獅子像が置かれ、聖域を守護した。エジプトのスフィンクスも、この系統に連なる。
この信仰が東へ伝わり、インドで仏教と結びついた。獅子は仏国土の守護神となり、釈迦が説法する場は「獅子座」と呼ばれた。やがてシルクロードを経て中国に入り、仏教寺院の守護獣として定着する。
朝鮮半島を経由して日本に伝わったのは、獅子舞と同じ道筋だ。「狛犬」の「狛」は「
ただし、獅子舞が「芸能」として伝わったのに対し、狛犬は「守護像」として伝わった。同じ源流から、異なる形で分かれたのである。
■日本人は足し算をした
獅子舞の記事で、私はこう書いた。
「日本の獅子舞からドゥルガーの物語が消えた。仏教というフィルターを通過する際に、血なまぐさい殺戮譚は濾過され、獅子という形式だけが残った」
引き算の変容だった。
ところが狛犬では、日本人は足し算をした。
中国から伝わった当初、獅子像は二体とも口を開けた左右対称の姿だった。ところが日本人は、同じものを二つ並べることを好まなかった。自然そのものの姿を尊重する美意識が、人為的な対称性を嫌ったのだ。
そこで、片方はそのまま口を開けた「獅子」(阿形)とし、もう片方には角を生やし、口を閉じさせた(吽形)。
この角のある霊獣こそが「狛犬」である。
つまり、狛犬は日本人が創作したオリジナルの霊獣なのだ。中国にも朝鮮にもインドにも、角のある「狛犬」はいない。獅子という外来の存在に対して、日本人は自前の相方を作り出した。
引き算と足し算。外来文化の受容において、日本人は両方の変容を行ったのである。
■地方の狛犬
全国を旅すると、狛犬の地域差に気づく。
出雲の狛犬は、威嚇している。
腰を上げ、今にも飛びかかろうとする「構え獅子」の姿勢。
国譲りで大和に服属した出雲。その狛犬が威嚇姿勢をとるのは、偶然だろうか。
吉備の狛犬は、焼き物だ。
備前焼の赤銅色の陶器で、型を使うため形が揃っている。吉備津彦神社の拝殿には、表情豊かな備前焼の狛犬が座っている。石ではなく土で作る——それが吉備の選択だった。
出雲と吉備。どちらも古代には独立した王権があった土地だ。大和朝廷に服属した後も、独自の文化を育て続けた。狛犬の地域差は、その記憶の名残なのかもしれない。
■足された角
国立民族学博物館で見たバリのバロンは、日本の獅子頭に似ていた。
その既視感を追って、私は獅子舞の源流を探った。インドのドゥルガー女神にたどり着き、「物語が消えた」という引き算の変容を見出した。
狛犬を調べて、もう一つの変容が見えた。
日本人は、外来の獅子に角を足した。左右対称を嫌い、異なる霊獣を創作した。それが狛犬だった。
消すことと、足すこと。
どちらも、外来文化を「自分たちのもの」にするための営みだ。そのまま受け入れるのではなく、手を加える。削ったり、付け加えたりして、この土地に合った形に作り変える。
神社の入口で向かい合う獅子と狛犬。その非対称の姿は、日本文化の受容のあり方を、静かに物語っている。
【神の源流】獅子舞と狛犬 くるくるパスタ @qrqr_pasta
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