第5話:ゴリちゃんの逆襲



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## 第?話:ゴリちゃんの逆襲、そして健太の受難


再び、家族四人で動物園での一幕。

先日のフラミンゴとの追いかけっこ騒動も、今となっては笑い話だ。詩織は今日も、健太と娘たちを連れて、賑やかな園内を歩いていた。


「おーい、見てみろ!あの虎、デカいぞ!」

「ゴリラだ!こっち見てるぞ、すごい迫力だなぁ!」


健太は柵の向こうにいる動物たちを指差し、興奮した声で杏と紬に呼びかける。

しかし、娘たちの反応は薄い。

「ふーん……」と生返事をしたり、別の場所を指差して「あっち行きたい!」と言ったり。

健太がどんなに大きな声を出しても、面白い話で気を引こうとしても、娘たちはガン無視だ。


「なんだよ、お前たち!パパの声、聞こえないのか!」

健太は少し不貞腐れた顔で、詩織の方を振り返る。


「はいはい、健太、そういうのは力技じゃなくてね、ハートで語りかけるのよ、ハートで」

詩織はしたり顔で、健太に助言した。健太は「はぁ?」という顔をしている。


「杏、紬、見ててごらん」


詩織はそう言うと、ゴリラの展示スペースの柵に近づき、大きく手を振った。

健太が見るのも恥ずかしいような、少しぶりっ子のような声を出して、ゴリラに向かって呼びかける。


「**ゴリちゃーん!こっち向いてー!ゴリちゃーん!**」


その瞬間だった。


それまで背中を向けていた、どっしりとした体格の雄ゴリラが、わずかにピクリと反応した。

そして、ゆっくりとこちらを振り返ると、詩織に向かって、**猛ダッシュ**で近づいてきたのだ!


ドスンドスン!

地響きのような足音を立てて、ゴリラはあっという間に柵の目の前までやってくる。

その大きな目が、まっすぐに詩織を見つめていた。まるで「呼んだか?」と言いたげな、力強い視線。


杏と紬は、目を丸くして、詩織とゴリラを交互に見ていた。

「わー!ゴリちゃん、来たー!」

「ママの声、聞こえたんだね!」


娘たちは大喜びだ。

詩織は得意げに、健太に向かってニヤリと微笑んだ。

「ほらね?ハートで語りかけないとダメなんだから」


「ふざけんなーっ!!!」


健太の雄叫びが、動物園の一角に響き渡った。

「なんで俺の声にはガン無視で、お前の声には猛ダッシュなんだよ!男女差別か!これは!」

健太は悔しそうに地団駄を踏んでいる。その姿は、まるでゴリラに嫉妬しているかのようだ。

詩織は、そんな健太の反応もどこか面白がりながら、目の前のゴリラに再び手を振った。ゴリラは相変わらず、詩織から目を離さずに、力強く胸を叩いている。

(ふふ、やっぱり動物は正直ね。私の歌声にも、きっと惹かれるはずだわ)

詩織は心の中でそう思い、密かに自信を深めたのだった。


**◇**


その後も、健太の受難は続いた。

ラクダのコーナーでは、「ほら、ラクダさんだよ」と健太が柵越しに声をかけると、興味津々で近づいてきたラクダが、突然「ブハッ!」と音を立て、粘り気のある唾を健太の顔面に見舞ったのだ。


「うわあああああ!」


健太の絶叫が響き渡る。

娘たちは、そんなパパの情けない姿を見て、大爆笑。

「パパー!おもしろーい!」

「またやってー!」と、さらに健太を煽る始末だ。


「おい、冗談だろ……」

健太は、べっとりと唾にまみれた顔を拭いながら、詩織に助けを求めるような目を向けた。

しかし、詩織も、笑いを必死で堪えるのに精一杯だ。肩を震わせながら、口元を手で覆う。

「健太、どんまい……」

かろうじてそれだけ言い、健太の背中をポンと叩いた。


さらに、ラマのコーナーでも悲劇は繰り返された。

「今度は大丈夫だろ!」と意気込んだ健太が近づくと、またしてもラマが健太の顔めがけて「ブッ!」と唾を吐きかけたのだ。

二度目の襲撃に、健太はもう、半ば諦めの境地だった。


「なんで俺だけこんな目に……!」

健太の嘆きと、娘たちの無邪気な笑い声、そして詩織の隠しきれないクスクス笑いが、動物園のそこここに響き渡っていた。

この日、健太は身をもって、動物たちから「男は黙ってろ」という、ある種の男女差別(?)を受けたのだった。

それでも、帰り道、疲れて眠ってしまった娘たちを抱えながら、健太と詩織は顔を見合わせ、また静かに笑い合った。

きっと、この動物園での出来事も、家族の大切な宝物として、いつまでも記憶に残るだろう。

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今日もしあわせ、私たち家族 志乃原七海 @09093495732p

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