第3話 魔女と人形の約束
その重い空気を破ったのは、「ごめん、お待たせ!」と部屋に入ってきたテイルだった。
準備をするというにしては長いこといなかったが、この空気を変えてくれたので、これで良かったような気もした。
「どうしたの? 喧嘩しちゃった?」
「いえ、喧嘩はせず、仲良く遊んでいました」
「それならよかった」
サチははっきりと答えたが、空気が重い理由を話そうとはしなかったので、テイルは改めて聞くことはしなかった。
「待たせちゃってごめんね。出かける前に力をつけようと思って、クッキー焼いてたの。みんなで食べよう?」
後ろに隠していたクッキーが並べられた皿を見せて、ララの方を見てにこりと笑った。
それを見て、テイルは最初から察していたことに、サチは気がついた。
魔法を使って探し人を見つけることはできるし、テイルならそれを簡単にできる。だけど、それをしなかったことに、サチはもっと早く気がつくべきだったのだろう。
この待ち時間は、ララの気持ちを落ち着かせるための、あるいは元気づけるためのものだったのだろう。
だから、特別な人形であるサチを遊び相手にし、テイルはクッキーを焼いた。
「……ねえ、テイルは魔法使いなんだよね?」
「うん」
「魔法が使えるんだよね?」
「うん」
「サチを創ったのも、テイルなんだよね?」
「うん」
ララが話し出したので、テイルはしゃがんで彼女に目線を合わせた。
「じゃあ、リリも話すようにできる? 動くようになる?」
リリをぎゅっと抱きしめて、真剣な眼差しで、テイルの瞳を見つめた。
「ごめんね。無理なんだ」
「なんで!? サチはできるじゃん!」
「……ごめん」
はっきりと無理と言われ、ララはぼろぼろと涙を流した。
「わたしだって、リリと話したい! いっぱい遊びたい! なんで、なんで、できないの? テイルは、魔法使いなんでしょ!!」
「ごめんね」
できないことをできるとは言えず、テイルは謝ることしかできなかった。
「ママがいなくなって、ママがくれた大切なともだちなの! しゃべれるはずなの!! なんで、サチはできて、リリはできないのっ!」
リリをサチみたいに、自分の感情を持ち、動けるようにできない理由は明確にあった。ただ、五歳の子どもに説明するのはあまりにもむずかしいし、説明したところで納得してくれるとは思えない。
ララは次第に言葉を発することをやめ、大声で泣き出した。リリを強く抱きしめたので、体が細くなってしまった。痛そうだったが、それと同じくらい泣いているララも痛そうだった。
そんなララとリリをまとめて包み込むように、テイルは優しく抱きしめた。
安心したのか、声を出すのはやめたが、すすり泣く声は聞こえてくる。
「ごめんね。でもね、お話できなきゃ、友達じゃないの?」
「違う! リリは大切なともだち!」
泣いていたのに、そこだけははっきりと力強く否定した。
「私はね、気持ちが大事だと思うの。ララがリリを大切にしてるその気持ちが、一番リリもママも嬉しいんじゃないかな」
「そうなの、かな」
「そうだよ。だから、これからも大切にしてあげてね」
「うん! リリはずっとわたしのともだち!」
力のままに抱きしめていた腕を少し緩め、リリを丁寧に抱きしめ直した。
気のせいだとは思うが、リリの顔が少しほころんだ気がした。
*
ララが泣き止むのを待ってから、家に送り届けようとしたが、泣き疲れてしまって、寝てしまった。
起きるのを待ってもよかったが、ララの父は心配しているだろうから、テイルはララを抱き抱え、サチをカバンに入れて、家まで送り届けることにした。
魔法でララの家の場所はなんとなくわかっていたので、すぐにララの父を見つけることができた。顔を真っ青にして何かを探していたので、わかりやすいのもあった。
「ありがとうございます」と何度もお礼を言われ、ララを優しく抱え、頭を撫でた。
ララはぐっすり寝ていて、一度も起きることはなかったので、お別れの言葉は言えなかった。
夕焼けが見える帰り道、カバンの中から出て、テイルの腕の中にいるサチはゆっくりと口を開いた。
「テイルお母さま」
「どうしたの?」
「あの、言えなかったんです、ララに」
「何を言えなかったの?」
たどたどしい話の始め方だったが、テイルは焦らすことなく、ゆっくりと質問をする。
「死んでしまったんですと言えなかったんです」
「どうして?」
「どうしてなんでしょうか?」
感情を持つ人形といっても、サチはまだ感情を学習している最中だった。簡単な喜怒哀楽はわかっても、さまざまな気持ちが混ざり合い、複雑になってしまうものは、うまく言語化することも、自分の中に落とし込むこともできなかった。
「サチは死んだことを教えて、ララがどう感じると思ったの?」
「……悲しむと思いました」
「じゃあ、言わなくてよかったんじゃない?」
「でも、もういないことがわからないまま、お母さまを探すなんて、そんなこと……」
「じゃあ、言えばよかったんじゃない?」
「……でも」
言ってあげるのはひとつの優しさだとはわかっていた。辛い事実でも、いつかは知ることになることだし、隠していても意味はない。
そんなことくらいサチはわかっていたけれど、だけど言葉が出なかった。
ララの悲しむ顔が見たくなかったから。
あるいは、自分に置き換えて想像してしまったのかもしれない。
テイルが死んでしまったことを告げられる、自分の気持ちを。
「言ってあげることが、正しかったのでしょうか」
「わからないよ」
「え?」
「私にだって、わからないよ。だから、私は言わなかった」
ララと話した時間が短かったのもあるだろうが、確かにテイルは言わなかった。
それがテイルの選択した答えだった。
「わからないんですか?」
「感情なんて、わからないことだらけだよ。そういうものなの」
だからね、とテイルは続ける。
「わからなくて、言葉にうまくできなくても、サチが思ってること、感じてること、教えてほしい。そうして、一個ずつ一緒に考えよう。わからなくてもいいから、そうして時間を一緒に過ごそう」
わかりましたとサチがうなずくと、ララがリリを抱きしめるように、テイルもサチを大切に抱きしめた。
魔女と人形が交わした小さな約束だった。
感情人形とおまもりのぬいぐるみ 聖願心理 @sinri4949
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