第2話 人形と女の子
女の子の母の居場所は知らなかったが、このまま帰すわけにもいかなかったので、テイルは彼女を招き入れた。
「私はテイルって言うの。君の名前も教えてほしいな」
「わたしはララだよ。この子はリリ。ママからもらった大切なともだちなの!」
テイルがしゃがんで目線を合わせながら聞くと、ララはぬいぐるみの名前まで丁寧に教えてくれる。
「ねえ、テイルはママがどこに行ったかわかる?」
不安そうな顔でララはテイルを見つめた。
「ごめんね。わからないんだ」
「えー!」
「だから、一緒に探そうか!」
「……いいの?」
「いいよ!」
テイルが大袈裟に笑ってみせると、つられてララも笑顔を見せた。
「ここまで歩いてきて疲れたでしょ。少し休憩してから探しに行こう」
「わたし、疲れてないよ! はやくママに会いたい!!」
「じゃあ、私が準備するまで待っててくれる? その間、この子が遊んでくれるから」
そう言って、サチの頭をなでた。
「……サチです。よろしくお願いします、ララ」
こんなに小さい女の子と遊んだことがなかったサチは、何をすればいいのかわからなかったが、とりあえず自己紹介をすることにした。
「わあ! 人形がしゃべった!!」
目をキラキラさせ、ララはサチに顔を近づける。遠慮なく近づいてきたので、サチの顔がちゃんと見えているのかどうかわからない距離だった。
「私の大切なお人形さんなの。それと、ちょっとだけ特別なお人形だから、おしゃべりしたり動いたりできるんだ」
テイルがわかりやすく説明すると、ララはと一段と目を輝かせた。
「ねえ、さわってもいい?」
「サチ、大丈夫?」
「問題ないです」
了承を得られると、ララはおそるおそるサチの頭をなでた。
「いやじゃない?」
「いやじゃないです」
サチが嫌がるそぶりを見せなかったので、ララは頬や手などふれる場所を増やした。
母からもらったぬいぐるみを友達だと呼び、大切にしているだけあって、触り方は丁寧で優しいもので、サチは不快感を覚えることなかった。
子どもとの接し方に戸惑ってはいるものの、相手をすること自体を嫌がっているわけではないサチを見て、テイルは抱いていたサチをララに差し出した。
「リリと一緒にだっこしてくれる?」
「……うん!」
大きな声で返事をすると、ララはサチをぎゅっと抱きしめた。
*
サチの日々の過ごし方は、テイルと話をするか、絵本を読むかだったので、何をして遊べばいいのかわからなかった。
ただ、ララが「おままごとがしよう!」とすぐに言ったので、迷う必要はなかった。
絵本でおままごとといったものは見たことがあったので、知らないものではなかったが、やったことはなかったので、サチもやってみたかった。
サチが「いいですよ」と言ったのを見て、テイルは魔法でおままごとに必要な小道具をいくつか作り出した。
「テイルって魔法使いなの!?」
「そうだよ。驚いた?」
「わたし、魔法ってはじめて見た!」
魔法というものを使える人は少なくなり、珍しいものになりつつあるも、完全に空想の産物にはなっていない。
魔法を日常的に使ってる人もいて、そういった魔法を使える人を魔法使いと呼ぶことが多い。
一方で、魔女と呼ばれる魔法を操る女たちも存在する。彼女たちは代々魔法を受け継ぐ者で、永い時を生きる者もいて、人の世界からは一線を引いて暮らしている。
テイルも魔女であるため、あまり人とは関わらず、森の中でひっそりと暮らしている。
ただ、テイルは魔法が使えることを隠してはいないので、普通に使った。そもそも、生きていく上で魔法を当たり前のように使うので、半分くらいは無意識だった。
「じゃあ、ふたりとも仲良く遊んでてね」
「わかりました」
「はーい!」
ふたりの心地よい返事を聞くと、テイルは部屋をあとにした。
「サチは自分で動けるんだよね?」
「はい。人間ができることはある程度できると思います」
「そうなんだ! 見せて!」
うきうきした声音でララが言うと、抱いていたサチを下ろした。
見せてと言われても、何をすれば良いのかわからなかったので、しばらくその場で固まっていた。
ただ、時間が経っても変わらず期待するような眼差しでララが見てくるので、とりあえずその場で一回転することにした。サチの金糸雀色の髪とロリータチックなスカートがふわりと浮かぶ。
「おお! すごいすごい!!」
ララが手が痛くなりそうなくらいの拍手をするので、間違っていなかったとサチはほっとした。
ただ、それだけじゃ満足しなかったらしく、「もっと!」と催促されたので、サチはしばらくの間、軽く動いたり、ポーズを決めたりと、ララの要望に従って動いていた。
少し変わった人形遊びだなとサチは思った。
「ありがとう! じゃあ、おままごとしよ!」
サチの小さなショーのプロデュースをして満足し、おままごとのことを忘れていたと思っていたが、そうではなかったらしい。
サチは少し疲れていたが、遊ぶとテイルとララと約束してしまったため、文句は言えなかった。
そんなサチの心情を知らず、
「わたしがママやるから、サチはわたしやって!」
と、ララはお構いなしに話を進める。
この家は近くの町からもそれなりに距離はあり、それをララは歩いてきたはずだ。サチより疲れているはずなのに、どうしてこんなに元気なんだろうかと不思議に思った。子どもの力は侮れない。
「私がやる、“わたし”とは?」
「ララのこと! はい、リリ貸してあげる!」
「ありがとうございます」
ぬいぐるみのリリを渡されるが、サチの身長と大きさがあまり変わらないので、だっこはできなかった。
リリを持ったまま動くことはむずかしそうだったので、手を繋いでその場に座ることにした。
「リリとサチって、そんなに大きさ変わらないんだね。だったら、サチが妹やって!」
「リリがお姉さんということですか?」
「うん! リリはいつも妹やってるから、たまにはお姉ちゃんもやりたいと思うの」
「わかりました。いつもリリとは一緒に遊んでるんですか?」
「うん! 一番のともだちだよ」
遊ぶとき以外にも、ご飯を食べるときや寝るときも一緒にいるという。リリの定位置はララの腕の中なのだろう。
「では、私は何をすればいいですか?」
「ただいまって家に帰ってきて」
おままごとの始め方がわからなかったので尋ねると、考えることなくララが答えてくれる。
どうやら彼女はやりたい場面があるらしい。
サチはおままごとがやってみたいだけで、やりたい内容まではなかったので、特に反対することなく、リリと手を繋いだまま、「ただいま」と言われた通りにした。
「おかえり。ご飯できてるよ」
「ありがとうございます」
「違う違う!」
自分でも味気ない返事をしたと思ったし、訂正されたことには驚かなかった。
「そこはね、ママ、今日は元気なの?って聞くの!」
「え?」
ただ、続いた言葉には驚いてしまった。
「……ララのお母さまはいつも元気ではないのですか?」
元気かどうか聞くなんて、普通はしない。どちらかといえば、体調が悪いかどうか聞くことが多いだろう。
「うん。元気じゃない日が多くて、毎日ベッドで寝てるの」
「そうなんですね。さみしくないのですか?」
「さみしいけど、わたしにはママからもらったリリが一緒だから平気だよ」
ぎゅっと抱きしめるように腕を交差させるが、手元にリリがいないことを忘れており、ララは悲しそうな顔をした。
その仕草を見るに、本当にずっと一緒にいて、離れたことがないのだろう。
「……お返ししましょうか?」
「ううん! 今は私がママだもん! リリを持ってたら変だよ」
サチが見かねて声をかけるが、見栄なのか、自分が言い出したことを取り消せないのか、うなずきはしなかった。
ただ、発言とは逆に、さみしそうな顔をしているので、サチはどうしたものかと考えた。流石にこんな顔をしている女の子から、ぬいぐるみは借りられない。
少し悩んで、サチはひとつ案を思いついた。
「そうですね……。では、ララがリリをもらったときのことをやるのはどうでしょうか?」
「もらったときの?」
「覚えてますか?」
「もちろん!」
力強く返事をしたの聞き、サチはリリを自分の体の前になるべく引きずらないように持ってくる。
「リリをお返ししますので、ふたりの出会いを私に教えてください」
「わかった!」
リリを受け取ると、ララは自分の腕の中に持つと、力強く抱きしめ、ほっとした笑顔になった。
リリもそこに収まっている方が似合う気がして、サチもつられて笑みを浮かべた。
「じゃあやるよ!」
こほんと場を仕切り直す席をわざとらしくララはして、おままごとが始まった。
「おかえり! 今日は何をしてたの?」
「ただいま。えーと、そうですね。絵本を読みました」
「そうなんだね。ねえ、ララ。ちょっとこっちに来て」
外から帰ってきたのだから、絵本を読むという行為は少し違うかとサチは思った。
しかし、ララは気にすることなく進め、リリとの出会い以外はどうでも良さそうだった。早く本題をやりたいらしい。
十分すぎるくらいララの近くにはいたので、近づくふりだけをして、「どうしたのですか」とララに声をかける。
「今日はね、ララに渡したいものがあるの!」
「渡したいものですか?」
ララはうなずくと、抱きしめていたリリを目の前に「じゃーん」と言いながら出した。
「……ぬいぐるみ、ですか?」
「かわいいでしょ! ママが作ったんだよ」
「ララ……、いえ、ママがですか?」
「うん。最近、ララと遊んであげられないでしょ。だから、代わりに遊んでくれるお友達だよ」
「ありがとうございます」
差し出されたリリをサチは改めて受け取る。今度は手を繋いで横に置いておくのではなく、ララの方を見るように、サチとの間に置いた。
「お友達だから大切にしてね。ママの代わりにララのこと、守ってくれるようにってお願いしながら作ったの」
「……そうなんですね」
「ちゃんと名前もつけてあげてね。何にする?」
「では、リリにします」
「リリ! ララに似てて、かわいい名前! 大切なお友達だもんね」
「はい。大切なお友達です」
どこまでが本当のやりとりかはわからないが、迷うことなく言葉が出てくるということは、実際にあった会話とはほとんど差がないのだろう。
そう思ってしまってから、サチは嫌な予感がした。ただ、この予感をどのように自分の中から消せばいいのかわからなかった。
「……あの、ララのお母さまはベッドで寝てることが多かったんですよね?」
なんと問いかけていいのかわからず、リリの頭に手を置きながら、サチは確かめるような質問をした。
「そうだよ。元気がなくてね、寝てる時間の方が長かったの」
「じゃあ、お母さまが、その、いなくなったときのこと、覚えてますか?」
サチが迷いながら聞いているのを気にもせず、ララは変わらない明るい声で答える。
「覚えてるよ! 朝起きたらね、ママがベッドで寝てなかったの。だから、今日は元気なんだなって、キッチンに行ったんだけどいなくて、家の中探したんだけど、いなかったの。パパは部屋にいたんだけどね、ママがどこ行ったかわからないみたいだったし、元気がなかったの。だから、わたしが探しに行くよって言って、家を出てきたの。でも、まだママのこと見つけられないの……」
おままごとに夢中になっていて、母がいなくなったことを忘れていたようだが、こうして説明しているうちに、だんだんと思い出したようで、最後の方には泣きそうな声になっていた。
彼女の話を聞いて、サチはわかってしまった。
ララの母はもうこの世にはいないことを。探しても、見つからないことを。
「ララ、あのですね……」
教えようとした。
「死んでしまったんです」と。
だけど、サチは言えなかった。言おうとしても言葉が詰まって、声が出なかった。
「いえ、なんでもないです」
教えてあげるべきだった。
だって、どんなに探しても見つかるはずがない。
遺体は病院にでもあるのだろうが、もうララと話をすることは二度とない。
はっきり言ってあげることだって、必要なのはわかっていた。
核心に触れるような会話はなかったが、この場の空気は重くなってしまい、ふたりとも黙り込んでしまった。
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