第5話 惑星アトラクトス-ノイズの正体

「篠宮……」


 二年目以降ずっと入っていなかった、久我の通信が入っていた。


「すまない、ちょっとしたトラブルで――異空間連絡ができなかったんだ。なんとか直せたけど、きっと長くは通信できない。みんな……死んだんだ」


 久我は以前見た時より、ずっと老けていた。

 まだ、俺たちより少し歳上になった程度の筈だ、なのになんだか、一回りも二回りも年上に見えてしまうほどの――。


「俺たちは甘くみていた。死が確定される事を、まだ自分事として受け止めていなかったんだ。結局は正気を保てない人間が増えてしまった……安楽死用の薬が予想以上に減ってしまって……終わりだ。篠宮……」


 久我は視線を落とした。

 

「……篠宮、俺は不安だった。アトラクトスは救済なのか、俺は決断を間違ったのか。違和感があった、あの映像では……俺はどうしても踏み出せなかった。俺は怖かったんだ。ロストして死ぬのも、新天地も」


それから確かめるように、画面こちらを見る。


「怖くてたまらなかった、篠宮、俺は……最初の映像を何度も何度も見返したんだ。お前と見た映像を覚えてるか。アトラクトスの地表を映したやつだ。雲が流れて、画面が妙に途切れて……通信の乱れだと思ってただろ」


 言われて僕も記憶から掘り起こす。雲の流れる様、荒れた地表と……。


「最初は偶然だと思ったんだ。でも解析すると、合点がいく。あれは通信障害じゃなかったんだ。断続的に流れたノイズは、あいつが、高峰からのメッセージだった……畜生! 篠宮」


 久我が画面を叩いたようだ。

 どん、と画面を揺れ、画面が斜めになった。


「なんで今頃になって気づくんだ! 聞け、篠宮! あの映像にのは何故なのか、気になっていただろう!」



 久我の双眸から涙が流れる。久我、と思わず声を出そうとした瞬間、違和感に気づいた。……声が、出ない。

 


「悟られるからだ。事前に気づかれて削除される可能性があるから、高峰は賭けたんだ。だからこそ、気づかれずここまで時間がかかってしまった……音がなかったんじゃない、んだ」


 あの時の映像が僕の脳裏に浮かんだ。確かに、断続的に途切れていた。今にして思えば、規則的だったともいえる……。音でなく、光として……? つまり。


「モールス信号の一種だ。あいつの、高峰からのメッセージ。解析結果はDO NOT COME……くるな、といっている」

 

 叫びたくなった。


 この状況下で、何をいまさら!

 画面の奥にいる久我を殴ってやりたくなる。


 罵ろうと画面を叩こうと思った時に、自分の皮膚の奇妙さに気づいた。

 


「その後に続く映像も解析した……HUMANS CANNOT STAY HUMAN、人は、人のままではいられないと……篠宮。今のお前は」


 皮膚は……。

 なんだこれは……陶器のような異常な硬さが、穴があちこちに……!


「お前が搭乗した卵型のロケットは……それはいわばさなぎだ」


 まるでこれは蝶の変態……。

 5年かけての……。

 まさか……。


「惑星アトラクトスに着くまでに、人間を作りかえるんだ。わかるだろう? 惑星を人間が住めるよう改変するより、人間を順応させた方が……遥かに楽だ。そして、そこで独自の進化を遂げれば、人類としてではなく、新種として生存ができる」


 僕の叫びは、出なかった。

 今や口は失われ、肺は消え、皮膚呼吸となり果てた。


 耳も消え、惑星に合うよう適合した人ならざる――。


 大気圏に突入し、惑星アトラクトスの地表が迫る。

 久我の最後の言葉が、僕の脳に直接届いた。




「なあ、お前は、まだ人間なのか? 篠宮」



 


 

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【短編SF】KX-771C 惑星アトラクトス 岩名理子 @Caudimordax

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