私が十八歳のキリルを終わらせるまで

燈栄二

前編

 起床。時間を確認すると朝の六時。今日も学校だ。生まれつきの白髪を適当さを残してとかす。そして眼鏡をかける。レンズのおかげで血の色そのままの目も、少しはましに見える。服装はブラウスにブラウンの長ズボン。真面目で冴えない若い学生の完成だ。


 朝食を済ませ、学生と同じ中身の鞄を持ち、家を出る。家と言っても学校近くの集合住宅の一室。


外には同じような服装に身を包んだ学生たちの姿。


「おはよう! キリル」


後ろから声をかけられた。相手は分かる。ユリス。学友にして僕が学生である最大の理由。


「おはよう。相変わらず元気だね」


 僕と異なり、ユリスは明るく、僕以外の友人も多い。だが、僕を一番の親友として認めてくれている。


「お前ももっとみんなと話したらどうだ? せっかく頭も良いし面白い話も出来るのに、宝の持ち腐れだと思うぜ」


「そうかな……そうだと良いんだけどね」


でも、僕にとっては勉強の方が得意だと思う、なんて言うとユリスは笑った。


 授業になっても、ユリスは必ず僕の隣に座る。おかげで僕は同級生たちに囲まれる毎日だ。確かにユリスが人気者になるのは理解できる。


栗毛色の巻き毛に、意思の強そうな青い目。背は小柄な僕と異なり、平均身長くらい。とはいえ、フットボールで鍛えられた肉体は、堂々としていて多くの人を惹きつける。だからこそ、放置できない。


「昼食行こうぜ!」


 昼下がりの教室。ユリスは僕をカフェテリアに誘う。僕はあえて控えめに頷くと、ユリスの後ろについて歩き出す。


「なあ、知ってるか?」


主語を抜いて話してくる。こうしてユリスは相手に自分の話へと興味を持たせる。


「この学校に、スパイが入り込んでるらしいぞ」


どこからその情報を得たのか、なんて言いたいが、今ここで言うには正しい答えではない。


「そうなの?」


僕の反応に満足げにユリスは頷くと


「勉強ばっかの眼鏡君は知らないと思うが、南部の自治領で三年前に起きた反乱は覚えてるか?」


「当時の自治領指導者ネフスキーが引き起こした独立を狙いの反乱行為。対して指導者様が軍を派遣し制圧。さらに慈悲をかけ、ネフスキーを国外追放にするだけで済ませ、妻子はそのままにしていた」


流石は優等生、なんてユリスは褒めてくる。当時の指導者の最大の失態。自らの親友に裏切られたというのに国外追放とはなんと甘いことか。今の指導者様の方がよっぽど優れている。


「それで、そのネフスキーの息子が秘密裏に当時の反乱軍を率いていて、この学校で市民のふりして入り込んでいるらしいぜ」


「そうか」


ユリスはそんな僕に、話はここから、と話を続ける。まあ、予想はついていたが。


「この人物を捕らえるために、学内に諜報機関の誰かが潜入しているらしいぜ」


「それなら、そいつは政府側の人間になるのだから、スパイではなく、エージェントと称するべきだよ。敵国の諜報員をスパイっていうのに対する、使い分けだ」


「えー……初めて知った」


 ユリスは絶句する。嘘つけ、と言いたい思いを押し殺し、無知は悪ではないさ、なんて話しておく。やがてカフェテリアに到着し、色々注文しているユリスに対し、僕はサンドイッチとビートルートのスープを頼む。


「お前っていつも味気ないもの食ってないか?」


「まさか。少食なだけさ」


 ユリスはずっとエージェントの話に夢中になっていた。


「頭いいから、キリルがエージェントって思ったんだけどさ、そんなわけないよな! ああいうのって目立たないやつがなるんだろ? 


その髪の色も目の色も、目立ち過ぎだもんな」


僕はまったく、とため息をつく。


「エージェントってのはな、なれるのはほんの一握り。僕程度の頭でなれるものでもないんだ」


「エリートの中の一握り……かあ。難しい世界なんだな」


「ユリスはそういうの憧れてるの?」


ユリスの反応を観察する。彼は別に……とどこか遠くを見るかのように呟くと


「なんかこそこそするのは俺に向かねえよ」


と静かに答える。だがすぐに元の笑顔に戻ると、同じ質問を僕に振った。僕は適当に質問に答え、午後からは予定のあるユリスと別れる。


 ここ最近はたびたびこういうことがある。授業が午前中だけの日、彼は予定があると言う。今週も変わらないようだ。それだけを確認すると、僕は家の鍵を開ける。



「帰還した」


「お疲れ様です」


家にいる「父さん」はそう私に挨拶する。黒い髪に白髪の目立つ壮年の男。別に血がつながっているわけではない。


「ターゲットの調子はどうでしたか?」


「ルーティンに変化は無し。しかし、奴は我々の存在に気付いている」


 私はテーブルにつくと、向こう側に座する男の前で眼鏡をはずす。もともと無理やり度を入れているので、つけたままにしているとくらくらする。


「気付いているとは? まさかと思いますが、それがあなたとは」


「ああ、ばれていない。だがそれも確実とは言い切れん。そろそろ証拠を掴んで逮捕したい」


「元反乱軍は今度の日曜、集会をするという情報を掴んでいます。


そこに参加するかつ、ターゲットの存在を確認できれば、反乱軍の一斉逮捕が可能かと思われます」


「そうか……四日後か。ターゲットがどこまで私を信じているのかにかかっているな。四日後の集会に招かれたとなれば、チャンスはあると考えていい。


まあ、私がいなくともそちらで逮捕に踏みきれ。我が国家に裏切り者は必要ない」


 私は前髪をかきあげつつ、自室へと戻る。セルゲイ・ネフスキーの息子、レオニード・ネフスキー。父親の反乱以降行方をくらましたが生きていれば十八歳。


彼がリーダーとして反乱軍を率いている可能性が示唆され、我々は彼もろとも反乱軍を逮捕することを決定した。私の任務はそのためのターゲットへの接近。


「我が親愛なる祖国のために」



 翌日、ことが上手く進みすぎているとは思ったものの、ユリスはこんな話をしてきた。


「ここだけの話なんだがな、四日後に、俺の仲間たちが集まる会があってさ、そこで君を親友として紹介したいんだ」


「え? 僕を!? そんな、いいの? 僕あんま取り柄ないし、イーゴリとかマクシムの方が……」


ユリスは僕の話を遮り


「お前じゃないとダメだ、キリル。確かに俺はみんなと仲良くしてるし、みんな俺を好きでいてくれる。


けど、キリルだけが俺が不安な時も頼らせてくれた。だからこそ」


そう肩をがっちりと掴んでくる。あなたでないと、あなただからこそ、そんな言葉で人の心を掌握する。流石はセルゲイ・ネフスキーの息子。


「そこまで言ってくれると……断るのが申し訳なくなってきちゃうな」


 ユリスは僕が頷くと、やった! と心の底からであるかのように喜ぶ。こうやって罪のない人々を反乱軍にしてきた。


次のターゲットは僕というわけらしい。色々思考を巡らせたいことはあったが、今は目の前の約束に集中。


「分かった、日曜に僕のアパートの前で待ち合わせだね。なんか緊張するけど……ありがと」


 にこやかに僕らが話していると、教師が入ってくる。僕は眼鏡を拭き、かけなおして教師の方へと集中した。


 今日は午後も授業があり、一日が終わると日は傾きかけている。


「そういえば、ユリスって午前授業の日は何してるの?」


僕がそう尋ねてみると、ユリスは流石に答えを用意していたようで


「あー、俺両親亡くしててさ、住まわせてくれている家の人のお手伝い。お世話になってるからさ」


ユリスの住所の家は、過去に反乱軍の一員としてマークされたことのある人物だ。一時的にマークから外れていた時もあったが、今はまた危険人物と指定し直されている。まあ、数日以内にレオニード・ネフスキーを匿ったとして逮捕される。


「そっか。やっぱユリスは凄いね。僕には出来ないことだよ、尊敬する」


「でもキリルも親父さんの転勤に付き合ってんだろ? それはそれですごいさ。みんながみんな恵まれて生まれる訳じゃない。


だからこそ、どんな生まれの人も楽しく暮らせる世界を作ってみたい、なんて思うんだ。だから勉強頑張ってる」


 良い心がけだね、と返事をする。ユリスは僕のアパートの入口まで着いてきて、そこで手を振って別れた。



「どうせ私たちのことは見ていただろう」


 帰還した私は、眼鏡をテーブルに置くと、父親役に話を振る。彼は頷き


「やはりターゲットはまた反乱を企てるつもりで?」


「ああ、全ての者が楽しく暮らせる社会、だそうだ。指導者様の元で労働も娯楽も用意され、与えられた役割を忠実にこなしていく。この社会が彼の理想も果たしているとは思えんのか」


 やはり子供の相手疲れる、と言うと、父親役は笑う。


「何がおかしい。私は今年で二十四だ。夢を見る若者でもない」


「そうでしたね。それで、件の集会はどうします?」


 私は足を組み、煙草に火をつけ、白い煙を吐き出す。


「そうだな、罠の可能性も否定できん。よって集会開始前だ。その時点で部隊を待機させ、逮捕行動に出る。そして最後に私が、ターゲットを逮捕する」


「さすが、用心深いですね。コンスタンティン・パーブロヴィチ」


「今は学生キリルだ。十八のな」


 煙草の火を灰皿に押し付ける。学生身分も窮屈なものだ。



 集会の日。約束した通り僕、キリルのことをユリスは迎えに来てくれた。

「集会場までは遠いからさ、車を待たせてある」


僕はユリスに何も言わずについていく。この男の狙いは車という密室で僕が本当にスパイ、彼の言葉を借りるとだが、でないかを確かめること。


彼に従い、車に乗ると、案の定重苦しい空気が漂っていた。まあ、心配などしなくとも今に僕の仲間が反乱を企てる者どもを逮捕しているに違いない。


 車の中で案の定始まった。彼の選別行為が。


「えっ……」


頭部に銃をつきつけられる。このまま撃たれれば、脳幹を貫かれて即死。


「悪いな、キリル。君が本当に国家から派遣されたエージェントではないか、確かめさせてくれ」


 何も言わず、体の生理現象すらコントロールできないかのように振舞って見せる。その様子を、ユリスは何も言わずに見つめていた。僕に汚されていくシートを。


「怖がるなって、別に撃ち殺そうってわけじゃない。怖いか? どうして怖い? 言ってみてくれよ」


 ユリスの方へ視線を向けると、言葉こそ優しいが、自治領で反乱を起こした男の息子、レオニード・ネフスキーの顔をしていた。


「なんで、こんなことするの」


涙をこぼす。死への漠然とした恐怖、この先の人生を失い、親友にいきなり銃を向けられる悲しみ、そして家へ一人置いてきた父への様々な思い。こうしたものが溢れると、僕は涙を流してしまう。


 しばらくすると、ユリスは運転手の男と目くばせをする。そして、銃は降ろされた。非常時の為、次はこの男が銃をすぐに撃てるようにしておくのだろう。


「疑って悪かった。確かに、キリルは潜入捜査なんて出来る奴じゃないよな」


「ねえ、一体僕はどこへ連れていかれるの?」


「南部自治領解放軍だ。俺たち南部の人間は、この国の支配から独立する」


「そう」


 僕がうつむくと、車が止まる。それもそうだ。拠点に行くまでに用いられる道には通行規制をかけてある。そのうち、中に人が乗り込んでくる。


「ねえ、キリル、目を閉じててくれないか?」


ユリスの声がする。恐らく銃撃戦を覚悟している。だがその必要はない。銃声。おそらく前方運転手が撃たれた。であれば後は簡単だ。


 銃を取り出し、車のドアをゆっくり開けるユリスを後ろから押さえつけ、頭部に隠し持っていた銃を押し付ける。衝撃で眼鏡が落ちてしまうが、今更気にしてはいられない。


「レオニード・ネフスキー、国家転覆罪で逮捕させてもらう」


 初めて、私とレオニードの視線が交差する。鮮やかな青い目。その目には悔しさがにじんでいた。



 学校への潜入も終わり、キリルは病気療養のため長期休養というシナリオが作られた。そして私は今、尋問のためにレオニードの前へ座る。髪もやっとオールバックにすることが出来る。それに、スーツの方が落ち着く。


「久しぶりだな、レオニード・セルゲイヴィチ」


「騙してたのか。まあ俺もそうだったけど」


レオニードは乾いた笑みを浮かべる。レオニードはキリルを集会場に連れていき、仲間にして連れ去るつもりだった。


「国家転覆を試みたのは何故か、話せ」


レオニードにそう告げる。しかし、彼は異なることを話しだす。


「国家転覆? 俺たちは自由を手に入れたいだけだ。お前らに与えられるものではない自由を。ここで俺たちを壊滅させたって無駄だ。南部の人間は自由を求め、何度でも立ち上がる。


お前たちが潜入してきたように、この国の中には俺と親父の考えに賛同する人間がたっくさんいる。そういうやつらが、自由を自分のものにする時まで、立ち上がるさ」


そこまで話すと、レオニードは私を見つめる。レンズ越しではなく、明るい赤色をした私の目を、彼の青い目がはっきりと捉える。


「なあエージェントさん、あなたの名前を教えてくれないか」


 こいつはどうせ終身刑か死刑。ここで名前を知らせても問題ないだろう。そう考えると同時に、私はこの男、私を何度も疑い、最後の最後まで油断を許さなかった戦いの相手に、何かをやりたいと思ってしまった。


「私は……コンスタンティン・ベリャーエフ。この国家を愛している」

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