学校一の美少女は、俺の配信のガチ勢らしい。〜でも教室では「陰キャ」と見下してくるのに、毎晩スパチャで愛を囁くのはなんで?〜

浅沼まど

第1話 5万円の『大好き』

 俺に毎晩「大好き」とささやいてくる女がいる。

 五万円を添えて。

 ——いや、待ってくれ。順を追って説明させてほしい。


          ◇


「今日も配信お疲れ様でした! みんなありがとね〜」


 午後十一時。

 俺——ひいらぎ真冬まふゆは、いつものようにエンディングの挨拶を告げた。

 画面の端では、コメントが絶え間なく流れていく。


『おつまふ〜!』

『今日のボス戦神回だった』

『まふゆんのゴリ押し戦法すこ』

『また明日!』


 流れていく文字列を眺めながら、俺は小さく息をつく。

 日曜の夜。明日からまた学校かと思うと憂鬱だが、それはそれ。今は配信の余韻よいんに浸っていたい。


 登録者数、約八万人。

 決してトップ層ではない。かといって底辺でもない。ゲーム実況者としては——そうだな、中堅の下くらいの立ち位置だろうか。


 顔出しなしの覆面実況者『まふゆん』。


 それが、俺のもうひとつの名前だ。


 昼間は冴えない高校生。夜は八万人に見守られる配信者。

 この二重生活を、俺は結構気に入っている。

 活動を始めて二年。最初は再生数二桁がザラだったけど、気づけばそこそこの規模になっていた。

 ありがたいことだ。本当に。

 さて、そろそろ配信終了ボタンを——


 ピロン。


 と、通知音。


 画面の端に、見慣れたアイコンが浮かび上がる。

 雪の結晶を模した、淡い青色のアイコン。

 その名前を見た瞬間、俺の指が止まった。


【₊˚✧ 白雪 ✧˚₊】さんがスーパーチャットを送信しました

¥50,000


『今日も一日お疲れ様でした。ボス戦、手に汗握りました。まふゆんの集中してる時の声、本当に好きです。おやすみなさい、良い夢を』


 ——五万円。


 ちょっと待て。


「し、白雪しらゆきさん!? いやいやいや、また!? 先週も投げてくれたばっかじゃん!?」


 思わず頓狂とんきょうな声が出る。

 コメントらんが一斉にき立った。


『白雪さんキター!!!』

『ガチ恋勢の姫きたああああ』

『この人マジで何者なのwww』

『まふゆんの嫁(自称)降臨』

『金銭感覚バグってて草』

『いや関係性が意味わからんのよ』


 白雪。

 俺の配信における、いわゆる『古参かつガチ恋勢』だ。

 初期の頃——まだ登録者が三桁だった時代から応援してくれていて、コメントの内容も熱い。

 いや、熱いというか——正直に言おう。


 愛が重い。

 かなり重い。


『まふゆんの声を聴くと安心します』

『今日も生きててくれてありがとう』

『画面越しでも伝わる優しさが、たまらなく好きです』


 過去のコメントを思い出すだけで、こう、なんというか。

 くすぐったいような、申し訳ないような、でも嬉しいような。

 複雑な気持ちになる。


「あ、ありがとうございます白雪さん! マジで無理しないでね!? ご飯ちゃんと食べてる!?」


 我ながら情けない声で返す。

 でも本心だ。こんな大金、ポンポン投げていい額じゃない。

 すぐにコメントが返ってきた。


『まふゆんに言われたから、今日はちゃんとご飯食べました』


 そして、一拍いっぱく置いて。


『えらい?』


「…………」


『えらい?』って。


 いや、かわいいのか?


 かわいいのかこれは?


 コメント欄も困惑している。


『かわいいのかこれ』

『重いけどかわいい』

『なんか関係性おかしくない?』

『まふゆんは白雪さんの何なの』


 俺が聞きたいよ。


「えらいえらい。ちゃんと食べて偉いね。……じゃあ今日はゆっくり休んでね」


 なんとかそう返すと、白雪さんからまたコメントが届いた。


『はい。明日からまた学校頑張ります』


 ——学校。


 やっぱり学生か。文体や絵文字の使い方から、なんとなくそうじゃないかとは思っていた。同年代——高校生か、大学生あたりだろう。


『おやすみなさい、まふゆん』


 そして。


『大好き』


「——」


 画面越しに『大好き』と言われることに、俺はまだ慣れない。

 たぶん一生慣れない。


「……おやすみ、白雪さん。いつもありがとね」


 できるだけ穏やかな声でそう返して、俺は配信終了ボタンをクリックした。

 ぷつん、と画面が切り替わる。

 配信ソフトの待機画面。視聴者数はゼロ。

 たった今まで数百人がいた空間が、一瞬で無人になる。

 この瞬間が、いつも少しだけ寂しい。


「……ふぅ」


 ヘッドセットを外して、椅子の背もたれに体を預ける。

 薄暗い自室に、PCのファンが低くうなる音だけが響いていた。

 窓の外はすっかり夜。明日は月曜日。学校。

 ——学校では、俺はただの『陰キャ』だ。

 友達は少ないし、休み時間は大体スマホをいじっている。部活も帰宅部。教室のすみで存在感を消して過ごす、どこにでもいる地味な男子高校生。


 でも、こうして画面の前に座れば。

 俺は『まふゆん』になれる。

 八万人のリスナーに応援してもらえる、そこそこ人気の配信者に。

 この二重生活を、俺は結構気に入っている。

 誰にもバレていないし、バレる予定もない。

 学校の俺と、配信の俺。


 その二つは、決して交わらない——はずだった。


「白雪さん、か……」


 天井を見上げながら、さっきのコメントを思い出す。

 アイコンは雪の結晶。名前は『白雪』。性別は、おそらく女性。

 学生で、俺の配信を毎晩見てくれていて、大金をしまず投げてくれる。

 熱心なファン。ありがたい存在。

 それ以上のことは——わからない。

 ネットの向こうにいる誰か。顔も声も知らない、名前さえ本名かどうかわからない誰か。

 それが『白雪』という人間について、俺が知っていることの全てだ。


 いや。


 ——わからない


 一ヶ月前までは。


「…………」


 俺は目を閉じる。

 一ヶ月前の放課後。

 夕暮れの教室で、俺が見てしまったものを思い出す。

 あの光景を、俺は一生忘れないだろう。


 学年一の美少女。

 氷の仮面をつけた、高嶺の花。

 クラスで俺を『陰キャ』と蔑む、冷たい少女。


 ——そいつが。


 スマホを抱きしめて、とろけた顔で呟いていた。


『まふゆん……好き……結婚したい……』


 って。


「…………」


 思い出すだけで、変な笑いがこみ上げてくる。


 ――氷室ひむろ凛花りんか


 それが彼女の名前だ。


 そして——『白雪』の正体だ。


 俺は知っている。

 俺だけが知っている。

 教室では『陰キャ』と見下してくるくせに、夜になると『大好き』と囁いてくる。

 あの美少女の、誰にも見せない顔を。

 スマホを抱きしめて、にへら、と笑う姿を。

 俺だけが、知っている。


「……さて」


 俺は立ち上がって、伸びをした。

 明日は月曜日。学校。

 あいつは相変わらず、俺を冷たくあしらうんだろう。

 『……何?』とか『……邪魔』とか、そういう塩対応で。


 でも俺は知っている。


 夜になれば、あいつは俺に——『まふゆん』に——五万円を投げて、『大好き』と囁くのだ。

 バレているとも知らずに。

 俺が隣の席の『柊真冬』だとも知らずに。


「……面白い、よな。この状況」


 口元が緩むのを止められない。

 どうするべきか、なんて考えない。

 少なくとも今は。

 ただ見守るだけだ。


 教室で『陰キャ』と蔑まれながら。

 配信で『大好き』と囁かれながら。


 このおかしな関係を、もう少しだけ楽しませてもらおう。

 ——だって、俺だけが知ってるんだ。

 あの高嶺の花の、とろけた顔を。

 そんな特等席、手放すわけないだろ?

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2025年12月27日 19:00
2025年12月28日 19:00
2025年12月29日 19:00

学校一の美少女は、俺の配信のガチ勢らしい。〜でも教室では「陰キャ」と見下してくるのに、毎晩スパチャで愛を囁くのはなんで?〜 浅沼まど @Mado_Asanuma

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