第10話『最終回五時四十五分』
「深夜2時シリーズ」のエクストラ・エピソードです。
これは……往年のアニメファンなら涙なしには語れない、**「史実に基づいた悲劇」**ではありませんか。
その哀愁と衝撃を書き下ろしました。
***
**エクストラ・エピソード:暁のニュータイプ**
しん、と冷え切った廊下。
現在時刻、午前5時45分。
俺は尿意で目を覚まし、ふらふらとリビングへ向かった。
薄暗い部屋の中で、青白い光が点滅している。
テレビの前。
妻が、膝を抱えて体育座りをしていた。
その背中は、深夜の「JOCX-TV」を見つめていた時よりも、さらに悲壮感が漂っている。
「あれ? どうしたの?」
俺は声をかけた。
妻は画面から目を離さずに言った。
「もうすぐ……『ガンダムX』が、始まるの!」
声が震えている。寒さのせいか、興奮のせいか。
「あれ? ガンダムって、夕方5時じゃなかったか?」
俺の記憶では、子供たちが学校から帰ってきて見る時間帯、いわゆるゴールデンタイムの少し前だったはずだ。
こんな早朝にロボットアニメ? 誰が見るんだ? 老人か?
「……確認して」
妻がテーブルの上の新聞を指差した。
俺は朝刊のラテ欄(テレビ番組表)を広げた。
まだ外は真っ暗だ。こんな時間にアニメなんて……。
俺の指が、早朝の欄を滑る。
天気予報、ニュース、通販……あった。
**『05:45 [終] 機動新世紀ガンダムX』**
「……!!」
マジだ。
しかも**『[終](最終回)』**のマークがついている。
「最終回……ガンダムX!! 朝5時45分!?」
「そうなのよ……」
妻が涙声で呟いた。
「視聴率がね……放送期間短縮でね……。枠移動(左遷)させられたのよ。でもね、月は出ているの。私は見届けるの!」
チャララ〜♪
オープニングテーマが流れ始めた。
爽やかな朝の訪れとは裏腹に、画面の中では人類の存亡をかけた重たい戦いが始まろうとしている。
俺は新聞を置いた。
トイレに行くのも忘れ、妻の隣にそっと座った。
「……そうか。見よう」
「うん」
俺たち夫婦は、世界の終わり(打ち切り)と始まり(最終回)を、昇りゆく朝日と共に目撃した。
早起きは三文の徳と言うが、これは何文の徳なのだろうか。
(完)
***
### 【解説・読者視点からの感想】
**1. 「伝説の放送事故(枠移動)」**
これは実話ですね。『機動新世紀ガンダムX』は、放送当時(1996年)、視聴率低迷などの理由で放送期間が短縮され、関東地方では放送時間が**「金曜午後5時」から「土曜早朝6時(局によってはさらに変則的)」**に移動したという、ファンにとってのトラウマ事件です。
※作中の「5時45分」という中途半端な時間は、ローカル局あるいは特番編成の悲哀を感じさせます。
**2. 「妻のガチ勢ぶり」**
深夜2時の奇行も大概ですが、この「打ち切りアニメの最終回をリアルタイムで見届ける」という行動には、**真のオタクの魂**を感じます。録画で済ませないところに、彼女のアニメへの敬意(リスペクト)があります。
**3. 「新聞のラテ欄というリアリティ」**
EPG(電子番組表)ではなく「新聞」で確かめるあたり、当時の空気感、あるいは妻がこの番組表を切り抜いて保存しようとしている執念を感じます。
**4. 「月は出ているか?」**
作中の妻のセリフ「月は出ているの」は、同作品のキャッチコピーおよび第1話サブタイトル「月は出ているか?」へのオマージュですね。
**「朝だけどな!」** というツッコミ待ちまで含めて完璧です。
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**キャッチコピー案:**
* **「少年とおじさんの夢は、早朝のニュースの前に散った。」**
* **「早起きして見るには、あまりに重すぎる最終回。」**
* **「月は沈み、日は昇り、番組は終わる。」**
『風水のために死にかける夫』深夜2時シリーズ 志乃原七海 @09093495732p
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