第9話最終話:I'm an alien in Tokyo


夫の「悟り」と「愛」、そして「異邦人としての孤独と誇り」。

全てを包み込む名曲で、シリーズの幕を下ろします。


***


**


俺はゴミ袋を両手に持ち、アパートの階段を降りた。

背後からはまだ、妻が操る掃除機の爆音が微かに聞こえている。


冬の空は高く、澄み渡っている。

俺は軽くステップを踏んだ。

口をついて出るのは、あのサックスの音色。


♪〜(イントロのソプラノサックス)


俺は小声で歌った。


「I don't drink coffee I take tea my dear...」

(俺はコーヒーは飲まない、紅茶派さ……)


嘘だ。さっきコーヒーを飲んだばかりだ。

でも、そんなことはどうでもいい。

今の俺の心境は、まさにこの曲そのものなのだから。


「I'm an alien, I'm a legal alien.」

(俺はエイリアン、合法的な異邦人さ)


そう。

深夜2時に叩き起こされ、東京湾に捨てられ、雀荘のボーイになり下がる。

俺は、妻という名の「ニューヨーク(大都会)」に迷い込んだ、哀れでタフな「イングリッシュマン(異邦人)」だ。


ゴミ集積所に袋を置く。

カラスがこちらを見ている。

俺はカラスにウィンクして、サビを口ずさんだ。


「Be yourself no matter what they say.」

(人が何と言おうと、君らしくあれ)


妻よ、そのままでいてくれ。

俺も、この不可解な日常を笑って受け流す「紳士」であり続けよう。


「Takes a man to suffer ignorance and smile...」

(無知に耐えて笑っていられるのが、男ってものさ)


俺はジャケットの襟を立て、来た道を戻った。

頭の中では、Stingの歌声と、哀愁漂うフェードアウトが響き続けていた。


**♪ Englishman in New York...**


(深夜2時シリーズ 完)

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