枯れていく恋心

E

1話完結

彼女は、かつて誰もが振り返るほどの美人だった。

けれどある夜、森で出会った魔女に呪いをかけられた。


理由は些細なものだったのかもしれない。嫉妬か、気まぐれか、それともただの退屈しのぎか。

「見た目を変えてあげる」

魔女はそう言って、ニヤリと笑った。



「それからね……あなたは一生、両思いになれないよ」


目を覚ましたとき、世界が妙に大きく見えた。



(背が低くなったのだろう。いつもより視界に映る物が大きく見える。)

彼女はそう思い、深く考えないことにした。

外見が変わっても、生活は続く。朝は来て、夜は訪れる。


呪いの言葉は胸の奥に沈め、彼女は「普通」に暮らした。

やがて、ひとりの男性が彼女に優しく話しかけるようになった。

柔らかな声で、彼女の存在を大切にするような目で。

――好意、だ。

胸が温かくなると同時に、あの言葉が蘇る。

「一生、両思いになれない」


不安はあった。

それでも彼女は思ったのだ。

それでもいい。愛されることを信じたい。この人と、幸せになろう、と。

彼は毎日、彼女のそばに来た。

「きれいだね」

「ここにいると落ち着くよ」

その言葉を聞くたび、どこかズレを感じていた。



彼の視線は、彼女の“目”を見ていなかった。


声も、想いも、ほんの少し、彼女の奥をすり抜けていく。

ある朝、彼女は気づく。


動けない。

歩けない。

抱きしめることも、言葉を返すこともできない。




彼女は、人間ではなかった。

地面に根を張り、風に揺れる、一本の花だった。


低くなった視界。大きく見える世界。


それは「背が低くなった」のではなく、「咲いていた」だけだった。


彼が向けていた「好き」は、

彼女という存在ではなく、

そこに咲く、美しい花へのものだった。


水をくれ、名前を呼び、愛おしそうに見つめていたけれど、

それは対等な誰かに向ける愛ではなかった。

やがて季節が過ぎ、花は色を失っていく。

彼は別れを惜しむように言った。

「ありがとう。きれいだったよ」


その瞬間、彼女はようやく理解した。

――ああ、両思いになれないって、こういうことだったんだ。


想いは向けられていた。

けれど、決して重ならなかった。


彼女は静かに枯れ、

世界は、何事もなかったように大きなまま、そこにあった。

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枯れていく恋心 E @tokakuka100

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