胸の奥に静かな寒気が残る作品
- ★★★ Excellent!!!
胸の奥に静かな寒気が残る作品でした。
ゾンビものという外皮をまといながら、核にあるのは「決断できなかった人間の後悔」と「名前を呼べなくなることの喪失」だと感じます。
短い行を重ねる独白形式が、思考がほどけていく感覚――つまり人間性が崩れていく過程と美しく同期しています。
同じ言葉の反復(「ちくしょう!」「百も承知だが」など)が、感情の堂々巡りを生々しく伝えてきます。
ゾンビは単なる怪物ではなく、
優柔不断
先送り
後悔
名前や関係性の喪失
これらが極限まで進んだ姿として描かれていて、とても人間的です。
苗字は記憶のブラックホールに消えてしまった
この一文は秀逸で、「個人が世界から削除されていく感覚」を一瞬で掴ませます。
サキは生きている時より、失われた後のほうが鮮明です。
金色の女神としての記憶と、おぞましいゾンビとしての現実の落差が、主人公の罪悪感を何倍にも増幅させています。
プロポーズしておけばよかった
という後悔が、世界の終末と同じ重さで描かれているのがとても切ない。
この作品において終末は、文明の崩壊ではなく「言えなかった一言の消滅」なんですよね。
街をさまよえば出会えるのだろうか
ゾンビの僕はゾンビの君に
上手い・下手を超えて、この物語にしか生まれない短歌です。
人間性の最後の火花として十分に機能していますし、読後に強く残ります。
「ゾンビ小説」ではなく、
「決断できなかった人間の終末詩」
だと思います。
派手な希望も救済もないのに、
最後の青空がやけに美しく見えるのは、
主人公が最後まで“人間であろうとした”からでしょう。