もうすぐゾンビ

滝口アルファ

もうすぐゾンビ

最悪だ!


とうとう、

この時が来てしまった!

僕の体も、

ゾンビ化してきたのである。


要するに、

僕はまもまく、

完全なゾンビに成りはてることだろう。


名前は、

えっと、

えっと、

苗字は記憶のブラックホールに消えてしまったが、

名前なら辛うじて覚えている。


カナタ。


しかし、

こんなゾンビだらけの

世の中になってしまったのに、

いまさら名前を思い出したところで、

いったい何の意味があるだろう。


思い返すと、

コロナウイルスが収束して、

これからって時だったんだ。


コロナウイルスに打ち勝ったと、

人類は高をくくって、

思い上がっていたんだ。


そんな人類の傲慢な思いを、

あざ笑うかのように、

コロナウイルスから突然変異した

ゾンビウイルスが現れて、

あっという間に、

世界中で流行したんだ。


ゾンビウイルスなんて、

どこかの売れない小説家が考えそうな、

陳腐なネーミングだろう。


だから、

みんな侮っていたんだ。

だけど、

本当は未曾有の恐ろしいウイルスだったんだ。


はっきり言って、

コロナウイルスなんて、

比べものにならないね。


とにかく、

そのゾンビウイルスが大流行して、

パンデミック!


それにしても、

人類がゾンビ化した今になって、

後悔しても始まらないのは、

分かっているけれど、

もし、

あの頃の人類にこの声が届くなら、

あらゆる手段を使って、

世界中に警告しまくるだろう。


本当に恐いのは、

コロナウイルスじゃないよ。

そのあとの真打ちのような、

ゾンビウイルスだよってね。


しかし残念ながら、

僕は、すでに半分ゾンビである。


ほら、見てくれ!

今は真っ昼間だが、

街にはゾンビになった人たちが、

百鬼夜行のように彷徨さまよっている。


ちくしょう!

こんなことになるんなら、

こんなゾンビ地獄の世界になるんなら、

その前に、

せめてプロポーズしておけばよかった!


花屋で出会ったサキ。

付き合うようになったサキ。

同棲するようになったサキ。


思い出の中のサキは、

いつも微笑んでいるというのに、

まるで金色の女神のようなのに、

現実のサキは、

おぞましいゾンビになってしまった。


ちくしょう!

ちくしょう!

ちくしょう!


優柔不断な性格がたたってしまった。


もちろん、

プロポーズしても、

OKしてくれたかどうかは、

知るよしもないが、

僕の勝手な肌感覚だと、

十中八九、微笑んでくれたと思う。


ところが、

そんな彼女のほうが、

先にゾンビウィルスを発症して、

ゾンビになってしまったんだ。


僕は、どうすることもできないで、

あの部屋にサキを置き去りにしたまま、

臆病なネズミのように、

あたふたと逃げ出してきたってわけさ。


なんて情けない彼氏だろう!

笑ってくれ!


ただでさえ、

ゾンビになって絶望しているサキに、

さらなる絶望を与えてしまったんだから。


彼氏として、

あるまじき、

万死に値する行為だったと、

深く後悔している。


もちろん、

いまさら、

いくら後悔しても仕方ないのは百も承知だが、

ごめん、サキ。

いくら謝っても許されないのは百も承知だが、

ごめん、サキ。


そんな状態だったから、

サキがあの後どうなったかは、

全くもって分からない。


もしかしたら、

ゾンビウィルスを、

とうとう発症してしまった僕のように、

街を彷徨っているのだろうか。


それとも、

あの頃はまだ、

人間がたくさんいたから、

ゾンビになったサキは、

人間たちの餌食になってしまったのだろうか。


あるいは逆に、

想像したくないことだが、

人間たちに襲いかかって、

人間たちを食い荒らしているのだろうか。


サキのことは、

心配で心配で仕方ないが、

世界中に溢れかえるゾンビたちによって、

通信手段が破壊されてしまって、

連絡の取りようがないのが現状なんだ。


おー。

僕はもうすぐ、

完全なゾンビになりそうだ。


おー。

そして街には、

見渡す限りのゾンビ。


こんなふうに、

街を彷徨うのは、

ゾンビに襲われるリスクが高いのだが、

どうせゾンビになってしまうのだから、

冥土の土産に、

この終末の世界を見ておきたいんだ。


そして思うに、

ギリギリ人間として生存している者は、

この地球上に、

僕以外いないのではないだろうか。


あーーーー!

しかし、僕は空腹だ。


そういえば、

ゾンビ化が始まってから何も食べていない。

っていうか、

食料の人間が一向に見あたらなくなった。


だから、

空腹に絶えかねたゾンビたちが、

共食いしているのを、

あちこちで見かける。


僕もゾンビになったあかつきには、

空腹に耐えかねて、

あんなふうに、

ほかのゾンビを、

がぶがぶがぶがぶ食らうのだろうか。


それにしても、

こんな地獄絵図のような、

ゾンビだらけの世界が、

いつまで続くのだろう。


そして、

僕はゾンビという

未来も希望も持てない存在になって、

いつまで街を彷徨い続けるのだろう。

どこまで街を彷徨い続けるのだろう。


そろそろ、

微かに残っていた

人間としての思考能力も、

おぼろげになってきた。


いよいよ、

ゾンビウィルスが、

僕の脳味噌の最深部をむしばんできたようだ。


ちくしょう!

ちくしょう!

ちくしょう!


こうなったら、

最後の最後、

誰の心にも届かないだろうけど、

文学青年の火事場の馬鹿力として、

めちゃくちゃ下手くそだけど、

辞世の短歌をメモ用紙に書いておくことにしよう。

(サキだけは、いつも僕の短歌を褒めてくれたんだ)


街をさまよえば出会えるのだろうか

ゾンビの僕はゾンビの君に


ああ、

もしも未来があるなら、

人間が生き残っている未来があるのなら、

このメモ用紙を読んだ誰かが、

ゾンビウイルスに感染していないことを祈る。


さようならサキ!

さようなら僕!

さようなら世界!


そして、

これが僕が見る、

最後の青空……


つまり、

これが人類が見る、

最後の青空……








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