第9話「教育管理局長室」
助役との「炎天下の密会」のあと、教育管理局長も頭を抱えていた。
「余計なことをした。なんで大沢の前であんな『明石再統一』の資料なんか出したんだ」
……自業自得だろ。
大きなため息をつくと、彼はおもむろに立ち上がり、室内をグルグルと歩き回り始めた。物事を考える時の癖である。
そのうち、「うーん。せやなぁ……」と独り言が口から出始めた。
ここまでくると、相当何か考え込んでいる。もちろん、何を考えているかまでは誰もわからないが……。
「コン、コン」
そのドアをノックする音で彼は我に返った。
「はーい。出まぁすー」と間延びした声で応じた。ここの管理職連中は、「威厳」というものをどこかに捨ててきたのか?
「痛っ!」急いでドアを開けようとする途中で応接セットの角に足をぶつけたのだ。
「教務課長です」
「あ、ゴメン」
局長は彼を呼び出していたのをすっかり忘れていた。
局長は相手に応接席へ座るよう促し、自分も間をおいて座った。
課長は座ると開口一番、局長に確かめるように聞いた。
「あれを見せたんですね?」
局長は、無言でうなずいた。
「アホですかあなたは。まあ元々わかっていましたけど」
うんざりした口調で返す。
それを聞いた局長が必死に言い訳を始める。
「『あんな古文書のとおりになるわけないだろ』って軽い気持ちで見せたら……その場にいたみんなが、本気になっちゃってな」
更に質問を続ける。
「その場にいた……みんな……ですか」
局長は必死に首を縦に振るが、課長は警察の取り調べのような迫力で彼を問いただした。
「誰がいたんですか、局長」
「市長、助役と大沢だ」
「大沢」という名を聞いて課長が立ち上がり、「なんてことをしてくれたんだ」という口調で問い詰めた。
「よりによって、なんでアイツの前で!」
局長も立ち上がって負けじと言い返す。
「その場にいたんだから仕方ないだろ!」
しばらくお互いの口論が続いたが、まず局長が席に座り直し、その後、課長も座り直した。つい先ほどまで口論していたため、二人とも息切れしていたが、課長が話を切り出した。
「アイツがいくら『大明石統一党』官房だったとしても『公職』じゃないんですよ。叩き出す理由なんていくらでも作れるじゃないですか?」
「俺が聞きたいぐらいだ!」局長も負けてはいない。
ふたたび大沢の「立ち位置」についてふたりは口論となった。
「口論するだけ時間の無駄」とようやく悟った局長が、課長に「古文書」についての経緯を聞いた。
「発見された場所は家屋の解体工事現場でした。まず『文化財保護係――第8係』の所管でしょう。立ち合いに来ていた職員は『単なる与太話や』と思いつつも職務上、第8係長に見せたんですよ」
課長は話を続ける。「そこにたまたま文化博物館の館長がいたんです。すると何を思ったのか『これは歴史的意義がある!』とか言い出して、博物館の倉庫に保管されていたのですが……」
「ですが……?」局長が息を呑んで聞く。課長は「これだけは言いたくなかった」という表情で「ある日突然無くなっていたんです」
「へっ?」局長は間の抜けた声で相手に返す。そして自分自身を落ち着かせてから改めて聞いた。
「じゃあ、今『現物』はない。ということだな?」
「はい」さっき言っただろうが。
局長はしばらく考え込んでから、言葉を選びながら相手に言った。
「じゃあ、その線で行こう」
今度は課長が局長のその言葉に「えっ?」と間の抜けた声を出したが、その声を無視して局長は話を続けた。
「文化博物館の所蔵物の管理責任を取って異動してもらうってのはどうだ?」
一見もっともらしい案に聞こえるが、残念そうに言い返す。
「それがですね、『前』館長はその件で引責辞任しちゃいまして、今は第8係の係長が次の定期異動まで『館長代行兼任』になってます」
「そんな話聞いてないぞ!」
再び局長が声を荒げる。しかし相手は冷静に言い返す。
「『人事の話』でしたらちゃんと市長まで記名押印を頂いてますよ。その中に局長の押印もありますけど。何ならウチの控えを持ってきてもいいんですがね」
「あーわかった」
局長は降参したように答えた。
「さて、本題に戻ろうか」と今までのことはまるでなかったかのように局長が言うと、課長が首をひねって、「……『本題』って、何でした?」とすっかり呼ばれた理由を忘れていた。
局長がまた声を荒げる。つくづく思うが血圧大丈夫か?
「古文書!」
「ああ、そうでしたね」
やっと課長も本題を思い出したようだ。ここで話が本題に戻った。
課長が淡々と話す。
「最初から現物がなければ『単なる都市伝説』で済ませることもできました。しかし、『現物を見てしまった市職員』がいる以上は……言葉を選ぶべきでしょうが、いわば『口封じ』として、『異動』してもらいました。あと、第8係内ではその職員に対して『与太話の被害者』という目で見てますし、何よりも第8係長が『余計な仕事を!』って怒り心頭ですから」
局長は腕組みをしてしばらく考え込んだのち、自分に言い聞かせるように話し出した。
「この話は『一生懸命探しましたが見つかりませんでした』といっても市長、助役、大沢にも納得してもらえるな」
「でしょうな。ただし、大沢に関しては『不確定要素』と思っておいたほうがいいでしょうがね。では、失礼します」
そう言うと、教務課長は局長室を後にした。
――現場は、ここからだ――。
想像を絶する調査 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX
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