第8話「市役所のバルコニー」
昼下がり、助役と教育長は市役所のバルコニーで市役所内のコンビニで買ったざるそばを食べていた。
「なんで真夏の昼間に屋外でメシ食わなアカンねん」助役がボヤく。
「『特別食堂』じゃ話せん話があるんや。ガマンせい」そう言うと教育長はソバをかき込む。
当然ながら、二人とも汗だくである。
お互いに食べ終わると、まず助役が口火を切った。
「おい、なんであんなモン出したんや。
「ワシも言おか?あんなモン真に受けるアホがおると思うか?」教育長が返す。
「……おらん……とも言い切れんな」
「せやろ。やからあの幹部向けの『特別食堂』は避けたんや。誰に聞かれとるかわからんからな。かというて『一般食堂』やともっとヘンな話が広がってまう。『誰にも聞かれたくない話』をするにはここが一番よかったんや」
「あーなるほどな」助役は納得して庁舎内の自動販売機で買った麦茶を飲んだ。
「せやけど、どないするんや?」彼はさらに聞く。
「オッサンはほっといたらええ。『アレ』以外の公務でじきに忘れよる。ただ問題は……」
「大沢か?」
「せや。アイツを納得させる理由を作らんとアカンわなぁ」
二人で顔を見合わせて、ため息と一緒に肩をガックリと落とした。
何気なく教育長はそのままバルコニーの向こうに見える海水浴場へ目をやった。親子連れ、カップル、その他いろいろな人が遊んでいる。その光景を見て一言ダルそうにつぶやいた。
「ええなあ」
「何が?」
「ホレ」それ以上言わずに助役に顎をしゃくって海を見ろと無言の合図を送った。
助役も海を見た。
「ええなあ。ワシらも遊びたいなあ」
その言葉に教育長が「これ以上はない」という表情で「なんでお前と海水浴せなあかんねん!釣りやったら
「誰が『お前と一緒に』って言うた!」助役も言い返す。
そしてそのまま二人で海を見ながら助役が「で、どないする?この話」
教育長は「とりあえず『調べたけどダメでした』って方向で話を進めたらええやろ。そない言うたらだれも文句は言えんやろ。ところで、ずっと気になってたことがあるねん」
「なんや?」
「大沢や。なんでアイツ市長室に出入り自由なんや?もちろん『党官房』なんは知っとるで。せやけど議員ちゃうやん」
助役も今頃気付いたのか「あ、言われてみればそうやった」
「お前助役やろ。それぐらい知っとけ」
「あー、すまん」
「まあええわ。大した問題ちゃうし。せやけど暑いなぁ」
「呼び出したんお前やろが」助役が思わずツッコむ。
教育長は悪びれることもなく「あーそうやった。スマン。メシも食い終わったし、干物になる前に中に入ろか?」
「せやな」
そう言うと二人は庁舎内に戻っていった。
この一見他愛のない会話の後、助役は特別食堂でアイスコーヒーをすすりながら考え事をしていた。
「『明石再統一』か……誰が喜ぶねんそんな話……あ、大沢や。アイツの家クリーニング店やったな。『1日戦争』の時服に着いたペイント弾の洗濯で儲かったって言うとったしな。あんな『戦争特需』いらんわ。もっとも、地方税収には貢献するけどな。せやけど教育管理局長もなんであんな資料持って来るねん。仮にあんなアホらしい話で明石が再統一されたら苦労せんわ。それにワシら事務方の苦労そっちのけでオッサンの手柄になるだけやんけ……」
ひとしきり愚痴り、タバコを吸おうとしたが、店員の中年女性からぶっきらぼうに「助役、アンタここ禁煙やで」と注意された。「あ、すんません」そう言うと助役はあわててタバコをしまった。
「市長の実績……か」そう一言つぶやくと助役は何かを思い出したかのように飲みかけのコーヒーを一気に口に流し込み、急いで助役室に戻ろうとした。
「助役、お勘定!」さっきの店員が声をかける。
「ツケといて!」
それだけ言うと助役は特別食堂を後にした。
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