第4話 断罪イベントという名の新規店舗事業説明会

 その日から私は商会や組合組織に絨毯爆撃のように手紙を送った。アマレッティ侯爵家の名前コネクションを使い、豊富な資金を投入し、最新鋭の魔道具(計算機)を購入した。


「何かしらこのペンは!汚らしいわ!」


「それは村の職人さんがッ(略)」


「なんてことを言うんだ、ローザ嬢!こんなに使いやすいものを……!」


 リリーの村の特産品をとにかく貶した。アンカリングと権威付け。『王子殿下も使っている王室御用達』ブランドとして売り出せる。この殿下はとてもいい広告塔インフルエンサーになってくれる。王室権威はこの世界では最強なのだ。

 そんなやり取りをしながら、私たちは半年間をやり過ごした。ローザ・アマレッティ侯爵令嬢を断罪し追放させる――そのための策を練り続けた。


「……いよいよ明日ですね」


 小百合は真剣な顔で言った。


「そうね。失敗したら私もあなたもタダでは済まない……でもそのための策を今日まで作り上げてきた。上手く行くわ」


和泉ローザさんは大丈夫なんですか?追放されたら……その後のストーリーは語られないんです」


「家から勘当される……とかかしらね。大丈夫、ひとりで生きていけるように国境付近の物件を探してきてるから。『黒薔薇商会』は立ち上げ済みだし、資本金も用意できてる。組合にも根回ししてるから仕入れが滞ることはないはずよ。店の方はどう?」


「陳列も終わってますよ。ウィンドウディスプレイだけもう少し詰める気でいます。一週間後がオープンの予定ですから……まずはオープニングセールで人を喚ばなければなりませんね」


「サクラを用意させる。使って」


「バンドワゴン効果ですね。最高です」


 伏見小百合はそれなりにやり手の店長だったらしい。売上は毎月好成績を残していた。勉強熱心で、所持資格も多い。だがトンチンカンな本部指示と小規模店舗故に売れ筋商品が入ってこないチェーン店故の苦悩が、彼女が事故に巻き込まれるきっかけになってしまった。疲労で頭が回っておらず、避けられなかったのだ。


「……ごめんなさいね、伏見リリーさん」


 ぽつりと私は呟いた。そう、これは私の我が儘なのだ。前世でできなかったMDとしての夢を叶えるために、彼女を巻き込んでしまっている。


「謝らないでください!私だって彼と……ハンス・ティシュラと結婚するためにはなんだってします!」


 力強く小百合は言った。


推しから手紙が来たんですよぉ……こんな幸せあります?家宝ですよこれは。家宝。グッズなんて一つも出なかったんですから。パッケージの集合絵を切り取って拡大コピーして自分でグッズ作るしかないくらいでしたから」


 デレデレしながら小百合が言う。


「そ、それはよかったわね」


「私も夢が叶いそうなんです。だから、謝らないでください……和泉さん」


「……まずは乗り越えましょう。明日」



***



 卒業式後のダンスパーティー。ここでローザ・アマレッティ侯爵令嬢は断罪され、追放処分になる。そのために丁寧に王子殿下とフラグ立てをし、好感度も上げてきた。

 リリー・ウィルソン――私、伏見小百合は念入りに地味なドレスを確認し、鏡の前で顔を上げた。

 やるのよ、小百合。カスタマーハラスメントよりも、怖いものは婚約キャリアの死なのだから。

 キッと前を向いて、会場に入ろうとすると、声をかけられた。王子殿下だ。


「待ってくれリリー!ひとりで会場に入るなんて……僕にエスコートさせてほしい」


「殿下、お心遣いありがとうございます」


 にっこりと笑ってみせると、王子殿下の頬が染まった。フラグ立ては上手く行ったらしい。


「全く、あの女……ローザは来ているのか?ここにいる全員の前で、あいつの罪を暴いてやろうと決めていたのに」


――断罪イベントキター!和泉さん、もう少しですよ!

 私は心の中でグッとガッツポーズをした。


「殿下、ローザ様は……どうなるのかしら」


「なんて優しい子なんだ!君は!あれほどまで陰湿に虐められていたというのに、彼女を気にかけるのかい?」


 その後の展開を知らないから単純な好奇心なのだが。


「まず、僕との婚約を解除させてもらう。それから、国外追放……とまでにはできないけれども、市街地に入るために許可が必要になるだろうね」


 国境付近の村や街は『国じゃない』と安易に言っているようなものだ。

 その村出身の人間が目の前にいるというのに。

 その仕立てた服の布地は、村の人間がつむぎ、織り上げたものだというのに。


「なるほど、そのくらいなら和泉さんはノーダメですね……」


 国境付近に家を買っている。市街地に『入れない』ではなく『許可制』なら役人に裏金でも握らせれば簡単に入れるはずだ。

 中途半端に甘い処分。王子殿下の裁量の範囲なのかもしれないが、抜け道がいくらでも作れてしまうあたり、思慮の浅さが見える。


「どうかしたかい?」


「……いいえ」


 私は差し出された手を取った。その手は氷のように冷たく感じた。


「――ここに集まった皆に報告がある!」


 乾杯の合図の前に王子殿下は声を張り上げた。


「ローザ・アマレッティ侯爵令嬢!私は今この時をもって、お前との婚約を破棄する!」


 ホールがざわついた。


「っ、よっしゃあああ!!!きたぁああ!!」


 ローザ様――和泉さんがガッツポーズをしている。ああ、ダメですよ和泉さん。一応侯爵令嬢なんですから、そんな言葉遣いしてはいけません。


「……失礼。それで?何故私を?理由くらい聞いて差し上げてもよろしくてよ」


「このリリー・ウィルソン……聖なる加護を受けた『癒しの聖女』に度重なる卑劣・非道な扱いをし、無礼を働いたこと、私の目は見ていたぞ!」


 それもそうだ。私が上手く取り入ったからね。そうでなければこの王子は聖女リリーに見向きもしないのだ。他にフラグが立った男がリリーを救うことになっている。騎士団長ルートに入ったらこの王子はリリーが虐められていようが関係なく、ローザとのうのうと結婚するのだ。

 ゲームだからそのあたりは都合もあるのだろうが、今現実を生きている私には冷めたスープよりも冷たく感じる。だから一貫してリリーを支えるというスタンスがブレないハンス・ティシュラが好きなのだ。


「成る程、理由は分かりましたわ。では……婚約を破棄してどうなさるのかしら」


「このリリー・ウィルソンと婚約する」


 会場が再びざわついた。

 和泉さん、今です。出してください、あの『契約書切り札』を。


「……残念ですわ、殿下」


 ローザの声は芝居がかっていたが、確実に愉悦を孕んでいた。


「これをご覧になって」


 ヒールの音が響く。一枚の紙を、ローザは王子殿下に渡した。

『金銭消費貸借契約書』――別名、私の労働契約書。


 リリー・ウィルソン(甲)はローザ・アマレッティ(乙)に対し、上記金額の金銭を借り入れることをここに記載する。下記の条件に従い、当該金銭を返済することを約束する――返済期間は三十年。


「借用……なっ、こんな金額を!?三十年もだと!?馬鹿げている!!貴様にどの裁量があってこんな……!」


 王子は契約書をビリビリと破り捨てた。


「あっ……!」


 コピー機のないこの世界で再発行が非常に面倒くさい書類を破ってしまうなんて。


「こんな紙切れ一枚でリリーを渡すわけにはいかない!」


 そう言ってドヤ顔をしてみせた。この王子、物事を知らなさすぎる。契約書を破ったところで契約が無効になるわけじゃないのに。


「はぁ……殿下、やってくださいましたわね」


 ローザは呆れたように口を開いた。


「契約書の第15条第3項をお読みになって? 『甲または第三者の故意により契約書が毀損された場合、その再発行にかかる事務手数料および違約金として、借入元本の10%を加算する』」


「な、なんだそのふざけた条項は!」


「ふざけているのは殿下ですわ。他人の私有財産を器物損壊しておいて、タダで済むとお思いかしら? 本来なら衛兵を呼ぶところですが……リリーさんの借金に上乗せすることで手を打ちましょう」


 こちらとしては痛くも痒くもない。ハッタリの契約書なのだから。


「リリー!借金など僕が肩代わりする!大丈夫だ、だから僕と結婚してくれ!」


「いいえ殿下。国民の血税を、私事の借金返済に充てるわけにはまいりません。それは『聖女』としての矜持が許さないのです」


 しおらしく目を伏せてみせた。

 王室予算に依存したら経営権なんて取られるに決まっている。絶対に渡すもんか。


「ではどうするというのだ……!」


 王子殿下の目に焦りの色が見える。来た。畳み掛けるなら、今しかない。私は顔を上げてにっこりと笑った。


「だから働くのです!この借金の返済のため、来月1日、王都市街地の中央大通り、旧ランバート商会跡地に、私のお店をオープンいたします!」


「えっ?店?」


「あそこ、一等地じゃないか?」


「そんな、聖女様が商いなど……前代未聞のことだ!」


 会場がざわついている。それもそうだ。聖女が商売人――『この世界で最も卑しい職』に身を落とすのだ。ローザになんてむごいことを、という視線が向けられる。

 注目度は高い。SNSなんてない世界で広告宣伝するなら、社交の場しかない。


「私の『聖女』の魔力を込めた特製ポーションや、疲労回復雑貨などを取り揃える予定です! 特にポーションは、従来の苦味を消した『フルーツ味』で、お子様でも飲みやすい仕様になっております!」


「え、あ、なんで味の話……?」


 王子は呆けた表情をしている。


「もちろん、価格は適正価格フェアプライス!どなたでもお求めやすくなっております。開店初日は、先着100名様に『聖女の祈り済み・特製ハーブティー』をプレゼントいたしますので、皆様ぜひお越しくださいませ!さぁ、さぁどうぞ!」


 私は隠し持っていた大量のチラシを取り出し、周囲の貴族たちに配り始めた。


「チラシはこちらです!地図も載ってます!クーポン付きですよー!」


「聖女様!チラシください!」


「クーポンは先着順ですわよ!ちゃんとお並びになって!」


 さり気なくローザ……和泉さんが列整理をしている。その動線に無駄はない。流石だ。


「殿下もぜひ、公務の合間にでも遊びにいらしてくださいね!」


 作戦は成功した。ついでに店の宣伝もできてラッキーだ。私は笑顔で王子殿下にチラシを手渡した。


「……はい」


 プロポーズどころではなくなった王子殿下の手には、しっかりとチラシが握られていたのだった。


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悪役令嬢は卸したい〜転生してもMDとして生きていきます 夜野ミナト @Minato_Yoruno

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