名を持たぬ剣士が、静かに世界へ刻まれていく物語。

静謐で抑えた文体のなかに、終始張りつめた緊張感が流れる作品です。
沖田静という少年は感情や過去を語らないにもかかわらず、その「空白」そのものが強烈な存在感となって立ち上がってきます。剣を学ぶのではなく、身体が覚えているものをなぞるような描写は非常に印象的でした。

道場という閉じた世界での人間関係が丁寧に描かれる一方、軍という外部の視線が入り込んだ瞬間から、物語は静かに不可逆の方向へ動き出します。「名がないから斬ってもいいのか」という問いは重く、作品全体の主題を端的に示しているように感じました。

派手さはありませんが、文章力と構成で読ませる和風ダークファンタジーとして非常に完成度が高く、今後の展開が強く気になる一作です。