5.査定

「はい。それで、かまいません」


 提示した明細をほとんど見ず、彼女はそう言った。もとより値段など、どうでもよいことだったのだろう。事実、そうした依頼者も多い。撮影と処理を終えたころには、夕方になっていた。


「では料金は、後日またお持ちいたします」


「よろしくお願いいたします。大したおかまいもできずに、申し訳ないのですが」


「いえいえ。お茶、ご馳走様でした」


 車に乗り込んだ私を、彼女は深く頭を下げて、静かに見送っていた。バックミラーからその姿が消えるころ、私は大きく息を吐いた。今日の仕入れは、生ものだ。クーラーボックスには入れているが、この蒸し暑い車内のことだから、急ぐに越したことはない。


 信号に捕まったと同時、私の中で、先ほど見た光景が蘇る。


「ひ、が、------!!------っ!!」


 太もも、腹部、脇腹、胸。至る所に裂傷が生じ、その隙間から大量の芽が飛び出す。瞬く間に水槽は血の色に染まり、男は狂ったように身をよじる。縛り付けられた身体の個所では、縄との摩擦で、擦過傷がどんどん広がっていく。その指の先、いや、爪の間からも、容赦なく種は芽吹いていく。


 その傍らで、彼女は冷静だった。部屋の奥から血液パックと輸血器具を取り出し、芽をかき分けて、腕の太い血管に針を突き立てる。

 男の絶叫がひと際高くなり、彼女は初めてその顔に、怒りの色を滲ませた。


「うるさい」


 その瞬間、口枷を突き破って、男の口から、大輪の花が咲いた。それは、唾液に塗れてなお燦然とした輝きを損なわない、純白のひまわりだった。


 他の部位からも、様々な命が芽吹いていく。紫、黄色、青、赤、紅色、緑。多様な色と花弁が、男の身体をすさまじい勢いで覆っていく。

 私は呆気にとられていたが、慌ててすぐに撮影の準備を始めた。


「あ、おおおーーーーーーっ!!」


 撮影機材を整えて数秒後、メリメリと音を立て、男の両耳から、濃紺の百合が咲いた。男の白目は裏返り、前身は痙攣している。けれども意識はあるようで、彼女が処置のために近づくたび、哀願するように身をよじり、半ば葉に覆われたその顔を、それでも彼女に向けようとする。


「穴という穴から発芽するのですが、ここだけはとってあるんです」


 そう言って彼女が爪の先で指し示したのは、男の目だった。


「身体を蹂躙じゅうりんされる苦しみ。そして目に見える絶望は、ひとつ残らず味わってもらわないと」


 激しく痙攣して、男は意識を手放した。その瞬間、手酌で彼女は、男の顔面に水を叩きつけ、こじ開けた瞼に向かって、水を注いだ。男の片目から、発芽した。男は悲鳴をあげて、目を覚ました。


「ところで、八代様。今回の依頼なのですが、引き取っていただきたいものがございまして」


 そうして彼女が手にしたのは、巨大な裁ちばさみだった。


「今、ご用意いたしますね」


 それを手にした彼女の口元には、はっきりと、愉悦の笑みが浮かんでいた。



「また、悪趣味なものを持って帰ってきたな」


 雇い主である西永の言葉に、私は渋面を浮かべる。


「私だって、好きでこんなもの、持って帰ってきたわけじゃないですよ。けど、その筋の方々には、高くお預けになれるのではないですか」


「まあな」


 言って西永は、クーラーボックスのふたを閉めた。


「報酬はいつもの場所に。ご苦労だったな」


 言って、彼は早々に私に背を向けた。仕事が終わったからには、こちらとしても用はない。私はかたちばかり一礼して、事務所の扉を開けた。


 クーラーボックスの中に眠るもの。それは彼女への災厄の元凶であり、象徴である、あの男のもの、だったもの。発芽したのち根元から切断された、男の性器が、打ち震えている。それはやがて、しかるべき処置を受けたうえで、これもしかるべき好事家、もとい金持ちの変態どもに、売られていくのだろう。


 私の雇い先の名前は、「ニドラ」。


 この世のどこかに眠る人間の醜さを、今日も私たちは探し回っている。


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種を吐く。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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