第一章 混乱 地二級編

第2話 菊花杯

四角を回り最後の直線!

先頭はキキョウシロコ!

サケエンレキの脚色も良い!

外からはクレナイエイザン!

内からホウテンゲキ!

先頭代わってサケエンレキ!

外クレナイエイザンも良い脚だ!

ここから何が抜けて来るか!

キキョウシロコまだ粘っている!

外クレナイエイザンがじりじりと上がって来た!

直線残り半分!

ここから盛岡は急坂に入ります!

大外一気にタケノタクハツ!

タケノタクハツが猛然と上がってくる!

先頭はまだサケエンレキ!

内でキキョウシロコが粘る!

外クレナイエイザンが並びかける!

坂を上り切った!

直線は残りわずか!

キキョウシロコが差し返した!

タケノタクハツが突っ込んで来る!

タケノタクハツ届くか!

キキョウシロコが粘る!

タケノタクハツ並んだ!

キキョウシロコか!

タケノタクハツか!

二頭並んで終着!

やや外タケノタクハツが体勢有利に見えましたがどうでしょうか!

――


 馬ほどの大きさの恐竜が二本の大きな足をバスバスと前後に動かしている。競争用に飼育された恐竜で、この恐竜を用いて速さを競わせる『競竜』では、『八級』と呼ばれている。

 大きな足を砂に押し付けるようにしてゆっくりと歩いている。それが全部で十七頭。


 顔から突き出た嘴からは荒い呼吸に合わせてシューシューという吐息が漏れている。全速で走り切ったという証だろう。嘴には顔に近い所に『竜牙りゅうが』という四本の尖った牙が上下に突き出ており、そこから伸ばされている革紐を騎手が手にしている。


 竜の背には鞍が乗せられ、そこに跨った騎手が、周囲の騎手と何やら言葉を交わしている。観客席から見て競技場の反対側、向正面まで行くと、そこで全頭が一旦思い思いに引き返してくる。競技場の正面直線まで来たところで、途中の外された柵から検量室へと竜を歩かせて行く。


「どう? 勝ててそう?」


「どうでしょうね。粘り切ったようにも思えるし、最後の最後で差されたようにも思うし」


「そうか。お前もそこまで手応えは無いって事か」


 騎手から報告を受けた調教師が、隣の着に停めた竜の陣営に視線を送る。そちらも騎手が首を傾げており、やはり手応えのようなものは無いらしい。


 騎手たちが厩務員の外した鞍を持って順次検量へ向かう。それをじっと見送る調教師たち。


 着順掲示板にはまだ一着と二着の記載が無い。隣の中継映像では終着時の停止映像を流しているが、正直どちらが勝っているかは全く判別が付かない。


 検量を終えると、ぽんと肩に手を置かれた。振り返ると、爽やかな笑顔の騎手が立っていた。


雑賀さいか君、どうなの? そっちの手応えは」


「ん……わかりませんね。手応えは、正直全く無いです。浦上さんはどうですか?」


「俺もわかんねえ。しっかし、坂を上ったら急に息吹き返すんだもんなあ。これなら抜けるって思ったのに全然抜けないもんだから、かなり焦ったよ」


「思ったより体力が残ってそうだから、坂の手前で一旦抑えたんですよ。盛岡は急坂ですからね。登り切ってから勝負をかけようって思って。上手く二の足みたいにはなってくれたんですけど、ギリギリでしたね」


 どうやら写真判定はまだ時間がかかりそう。そう感じた騎手二人は、そこで別れて、それぞれの調教師の下へと足を向けた。


 先ほど一人で『キキョウシロコ』の状態を確認していた調教師が、別の調教師と話をしている。相手の調教師は頭がつるつる。お地蔵さんを思わせる実に愛らしい顔に、思わず雑賀の頬が緩む。そんなお地蔵さんのような調教師が雑賀に小さく手を振った。


「やるじゃん、雑賀君。まさかあそこから伸びて来るとはねえ」


下間しもづま先生のとこの『エンレキ』は、坂前で体力切れちゃってましたよね。調整失敗ですか?」


「勝負所だってのに、よく見てるねえ。調整は上手くいったんだけど、そもそも追走が遅い仔だから、そこまでで体力を使い切っちまったみたいだね。来年に向けて鍛え直しだよ」


 それを聞いた雑賀の調教師が「来年か……」と呟いた。下間と雑賀が視線を移す。

 すると、観客席から「うわっ!」という大歓声が聞こえてきた。同時に係員が出てきて着順を記載していく。


諏訪すわ君、『菊花杯』勝利おめでとう! 重賞初制覇だよね。同じ愛子あやし出身として嬉しいよ」


「ありがとうございます。いやあ、長距離で稲妻牧場系に勝たれるのは癪ですからね。『シロコ』はよく頑張ってくれましたよ」


「この後あの仔はどうするの? 引退? それとも来年も長距戦線?」


「どうなんでしょうね。さっき足元を確認したら、ちょっと状態が良く無いみたいなんですよね。少なくとも『砂王さおう賞』は回避っぽいです」


 「それは残念」と言って眉尻を下げる下間。

 あの竜が放牧という事は、後は年内は自己条件戦だけ。話を聞いていた雑賀は、ぼんやりとそんな風な事を考えていた。


 するとそこに係員がやってきて、中継取材をお願いしますと言って雑賀を連れて行く。そういえばそんなものがあったと、げんなりした顔をする雑賀。

 八級に上がってきて、今年で四年目。重賞を勝ったらそんな行事があるという事すら忘れていた。



――放送席、放送席、『キキョウシロコ』雑賀騎手に来ていただきました。

『菊花杯』優勝おめでとうございます!


「ありがとうございます!」


――見事な粘り腰でしたね。終着板が遠く感じたんじゃないですか?


「本当に遠かったですよ。時計にしたら一瞬なんですけど、全然近寄って来ないんですよ」


――これで世代の長距離王に君臨したわけですが、次戦の『砂王賞』はいかがですか?


「まだ明日の状態を見てみないと何とも言えないですね」


――最後に、駆けつけた観客に向けて一言をお願いします。


「来年の長距離重賞はこの竜が主役になると思います。応援よろしくお願いします!」


――おめでとうございました。以上、雑賀騎手でした。

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竜障害 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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