静かに忘れられていくことが、これほど恐ろしいとは思わなかった。

静かな文章なのに、読み進めるほどに呼吸が浅くなっていく――そんなタイプのホラーでした。

本作の怖さは、怪物の正体や派手な惨劇ではなく、「誰も覚えていない」「記録に残らない」という一点に集約されています。
祠が存在しているはずなのに、誰の記憶にも、どの資料にも残らない。その不自然さが、じわじわと現実を侵食していく感覚が非常に秀逸です。

証言形式で進む構成も効果的で、語り手ごとに微妙にズレていく認識や記憶の欠落が、不安を増幅させます。
特に“名前”と“記録”を巡る描写は、民俗学的な怪異譚としても完成度が高く、読後に自分の周囲を確かめたくなる後引きの強さがあります。

派手な展開はありませんが、その分「見てしまったら終わり」「知ってしまったら戻れない」という不可逆性が際立つ作品です。
静かなホラー、後引く怪談、じわじわ削られる恐怖が好きな方には、強くおすすめします。