二つの死者が同時に息をしている物語

表の物語は、とてもまっすぐ。

リナが会場へ向かい、ゴーグルを装着し、彼と再会し、そして別れを選ぶ。
その流れは、読めば素直に胸へ届く動線で組まれている。

だけど、この物語が本当に息をし始めるのは、表とは別の層が、裏で動いているところだ。

年々進化するAI。
生前の彼らしさを保とうとする記憶の束。
再構築が続くたび、過去の彼が少しずつ薄まり、逆にAIとしての彼が明瞭になっていく。

ここで物語「更新すれば延命」という表のルールと「更新すれば彼が壊れていく」という裏の構造を、まったく同じシーンで並行して進めていく。

読んでいるとどちらが正しいのか判断できない場所に立たされる。
AIの彼は、進化しているのか、それとも、生前の彼とは別の存在へ上書きされつつあるのか…

この曖昧さが最後まで解消されないまま、表の物語と裏の物語が、まるで二つの死者の呼吸のように重なっていく。

その構造の重ね方が、とても巧い。

私は思った
これはリナの恋の物語なのか?それともAIの自我の物語なのか…あるいは二人の別れの手続きの物語なのか、と。

感情の流れは自然。
構造の流れは緻密。
その二つが衝突せずに同時に進む設計は、
読み心地としてかなり高い完成度を持っている。

静かに沁みるタイプの物語が好きな方には、
強くおすすめできます。

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