小説と言うのはどんな締め方をするかで、大きくその価値が変わります。
読後感ってすごく大事だと僕は思うんです。
さて、本作。タイトル「ケモノウィルス」。
概要より「そのウィルスに感染すると高熱を出し、稀に死に至る。
そして、その中には獣化する者が現れた――」(抜粋おわり)。
つまり、人間が獣になっちゃう物語。
こう書くとパニック小説みたいに思われるかもしれませんが、そうではありません。
もう一度概要より「ファンタジー×青春をコメディタッチに描きます。
明るく楽しく、キャラたちがわちゃわちゃする物語。」(抜粋おわり)。
ふふふ、なんだか楽しそうです、そして実際にそうです。
ストーリーは「ケモノウィルス」の謎を追うミステリー仕立て。でも重くなく筆者様が言われる様にコメディタッチで明るく書かれております。
物語は要所要所で転換を迎え、謎の奥深くに入って行きます。
先に書きましたが、僕はこの物語がどんな終わり方をするのか、そこが大事だと思いました。とっても楽しいキャラ達が様々な表情を見せながらも、少しシリアスになったりするからです。
常識で考えると「獣化」というのはすごく大変な事です。当然その辺りも記されており、キチンと考えられているのですが、どうしても対立や悲劇という「影」を背負うと思うんです。
でも、違いました。
お勧め致します。
物語は爽やかな読後感を残し、そして「優しい」エンディングを迎えます。僕は読んで良かったなぁって思いました。
筆者様の持つ物凄く純粋で無垢で清らかな筆致から生み出される物語は、人の心を優しく浄化するんです。少なくとも僕がカクヨムで4000を越える作品を拝読して来て、こちらの筆者様がそういう作風では筆頭に思い浮かびます。
一緒に応援しましょう!
皆様、宜しくお願い致します( ;∀;)
高熱を発して解熱した頃、突如として現れる獣耳や尻尾。
それをSNSに写真で上げていた中高生が相次いで家族ごと姿を消していく。
朔は恋人のうららとともに高熱を発し、解熱したときには黒ヒョウに変われるようになっていた。うららは猫耳と尻尾がぴょこんと出るだけだったのだが。
果たして、巷で噂される「ケモノウィルス」の仕業なのか。
そうして相次いで現れた御子神藍冴と神楽坂皇幹。
彼女らは獣化する人を探していた。
どんな理由なのか。
なぜケモノウィルスは発症範囲が狭く、また中高生が主に発症するのだろうか。
その問いから、物語は大きく動きます。
獣化するそれぞれの人に、共通点はあるのだろうか。
謎は少しずつ解け、新たな謎が立ち上がります。
果たして、朔たちは真実にたどり着けるのでしょうか。
ケモノウィルスの背後にはなにがあるのか。
ワクワクと謎が程よいバランスで両立しています。
ぜひ「カクヨムコンテスト11」の終盤に一気読みしてみましょう!
ウイルスが出現する。
感染者を獣化させるウイルスが。
主役は高校生、中学生の少年少女達。
10代、というのが素敵だなと思いました。
瑞々しく軽やかな年代の彼らだからこそ、ふとした瞬間に流れる不穏な空気が、落とし穴のような効果を生むのかもしれません。
また、クールであったり、天真爛漫であったり、探求者達の個性によって物語は豊かに広がります。
一方で、彼らが真正面から対峙する驚異と謎は、後戻りできない深いトンネルのようです。
そのギャップがたまりません。
さて、トンネルを抜けた先にはどのような景色が待ち受けているのか。
少年少女だけでなく、幅広い年齢層にオススメしたい作品です。
ケモノウィルス。
それに感染した「素養のある者」は獣の力を手に入れる。
青春真っ只中!
ただでさえ、剥き出しの本能に翻弄される若人達がケモノウィルスの謎を解き明かすべく奔走します!
人としての本能、そして獣としての本能。
抗えない二つの狭間で揺らめきながら、謎を追う彼らの被毛は、月の光を浴びて艷やかに煌めく。
天真爛漫なヒロイン「うらら」と、どこか危なっかしいそんな彼女を守ろうと必死な主人公「朔」の恋物語からも目が離せません!
特殊な家系の筆頭、双子の従者、筆頭に想いを寄せる少し哀れ、だけど頼れる用心棒の八尋。
人間模様と謎を追う、アニマル異能×青春譚!
『ケモノウィルス』は、現代の空気――噂が広がる速さとか、SNSのざわつきとか、学校や家の息苦しさとか……そういう“今っぽさ”の中に、じわっと獣の気配を混ぜ込んでくる現代ファンタジーやねん。
始まりは軽快で、会話がテンポよく転がる。主人公たちの距離感も読みやすいし、笑えるとこはちゃんと笑わせてくれる。せやのに、ふっと影が差す瞬間があって、「あれ……これ、ほんまに笑っててええ話なん? 」って不安が残る。そこがこの作品の“針”やと思う。
そして魅力は、獣化の派手さだけやないねん。
“変わってしまう”ことが、友情や日常や家族の顔つきを、ちょっとずつ変えていく。
その変化を追いかけるうちに、読者の側も「自分ならどうするやろ」って、心の置き場所を探し始めるタイプの作品やよ。
◆芥川先生:辛口講評
僕は、この作品を「よく走る連載」だと思う。掴みが巧く、人物の会話が速い。読者を置いていかない速度を持っている。
しかし辛口に言えば、その速度が、時に“深さ”を払い落とす。
この物語が扱っているのは、単なる変身譚ではない。
感染の噂が広がるということは、社会が人を裁くということだ。
身体が変わるということは、自我が揺らぐということだ。
この二つは、本来とても残酷で、重い。――だが作品は、軽快さの方へ逃げてしまう場面がある。そこが惜しい。
とはいえ、これは欠点であると同時に、向いている読者をはっきりさせる“親切さ”でもある。
この作品は、最初から陰惨さで殴りつけるのではなく、会話と関係性で引き込み、少しずつ不穏さを濃くしていく。だから、
・テンポのよい掛け合いが好きな人
・日常の延長線で、じわじわ異常が混ざる話が好きな人
・“仲間”が増えて、関係が動く連載が好きな人
には、きちんと報いる。
一方で、注意もある。辛口に言うなら、
「怖さ」や「代償」を、読者が腹の底で理解する前に、次の要素が追加される時がある。謎や人物が増えるのは楽しいが、整理が追いつかないと、恐怖は“情報”に変わる。情報は面白いが、刺さらない。
だからこの作品は、
軽快さの中に、突然“笑えない一行”が来る瞬間が好きな読者にこそ向く。
そこに作者の本領が現れる。僕はそう見ている。
---
カメラをオンにして、ウチは深呼吸した。画面の向こうにトオルさんとユヅキさん、そしてチャット欄には召喚した先生方の名前が並んでる。今日は『ケモノウィルス』(西しまこさん)第32話まで、ネタバレせんように“魅力の芯”を探す回や。
「ユキナ:みんな集まってくれてありがとう。今日は『ケモノウィルス』の講評会やで。テンポの良さと、日常に不穏が混ざる感じ……そこをどう受け取ったか、まず第一印象から聞かせてな」
ウチの投げた“第一印象”に、トオルさんが軽く笑って頷いた。画面越しでも、頭の回転の速さが伝わってくる。
「トオル:僕は“導入の設計”がうまいと思った。現代の空気にファンタジー要素を差し込むのが自然で、読者の理解速度に合わせて情報が出る。だから読みやすい。一方で、盛り上げ装置が増えるほど、要点の看板が必要になる気もした」
トオルさんの「看板」という言い方が刺さって、ユヅキさんが少しだけ目を伏せた。静かな間が、作品の“影”に触れる合図みたいに見える。
「ユヅキ:私も読みやすさは美点だと思うの。軽やかな会話の中に、ふと温度が落ちる瞬間がある。その“息の止まり方”が、怖さを説明せずに匂わせるのよね。だからこそ、情報が増える回ほど、感情の着地点を一度置くと、余韻が残ると思うわ」
ユヅキさんの「余韻」って言葉に、ウチも思わず頷いた。明るいのに、時々だけ笑えへん気配が差す……そこがこの作品の強みやと思う。
「ユキナ:そうそう。ウチ、この作品“わちゃわちゃ”が前に転がるのが気持ちええねん。せやけど、そのまま走り切るんやなくて、たまに“笑いが止まる一瞬”があるやん。あそこが効いてる。逆に言うと、走る回ほど、読者の心が追いつく小休止があると、もっと刺さりそうやね」
ウチの言葉に、チャット欄が静かに点滅した。先に反応したのは芥川先生。すでに一度、辛口で講評してくれている人や。
「芥川先生(チャット):僕は先に辛口で書いたとおり、この連載を「よく走る」と感じました。掴みと会話の速度が巧い。しかし、その速度が“深さ”を払い落とす瞬間がある――僕はそこを惜しんだ。とはいえ、いま皆さんの言う「余韻」や「小休止」は、その惜しさを補う処方箋にも見える。僕の辛口は、作品の長所を信じているからこそ、です」
芥川先生の“信じているからこそ”に、ウチは少し肩の力が抜けた。続いて三島先生が、強い調子で言葉を投げてくる。
「三島先生(チャット):僕はこの作品の核に、“身体が変わる”ことの寓意を見ます。軽快であるがゆえに、変化の恐怖が隠れる。その隠れ方が、現代的で魅力的だ。しかし、代償の気配を一度だけでも、鋭く刻む場があると、笑いも躍動も、より高貴な緊張へ昇華するだろう」
三島先生の熱が画面越しに残る中、清少納言様の言葉がふっと軽く入って、場の空気が整った。
「清少納言様(チャット):わがみは、こういう“日常がちょっと変になる”話、をかし。軽口の応酬があるから、読者は安心して頁をめくる。けれど、安心が続きすぎると、怖さは噂話のように遠のく。だから、笑っている頬に、冷たい指が一度触れる――そんな一行が折々にあると、いとよし」
“冷たい指”って比喩が綺麗で、ウチは思わず笑ってもうた。すると紫式部様が、静かにその比喩を受け取って広げる。
「紫式部様(チャット):わらわは、人の噂が人を裁くさまに、心の衣の乱れを見ます。軽やかな会話は、衣の表。けれど内に、恐れや孤独が隠れる。連載が進むほど、登場人物どうしの結び目が増えましょう。その結び目の締まり具合を、折に触れて描けば、読者は迷わず、深いあはれに至ると思うのです」
紫式部様の「結び目」で、ウチの頭の中に人間関係の地図が浮かんだ。そこへ樋口先生が、生活の温度から話を添えてくれる。
「樋口先生(チャット):わたしは、若い人たちの会話にある“暮らしの匂い”が好きでした。笑い合うこと、隠すこと、信じたいこと。そこに社会の目が差すとき、誰が傷つくのか――その切なさが、丁寧に触れられるほど、物語は優しくなると思います。軽やかさは、残酷を直に見せないための、思いやりにもなりますから」
樋口先生の“思いやり”に、ウチは胸が温かくなった。そこへ太宰先生が、少し照れたみたいに割り込んでくる。
「太宰先生(チャット):おれはね、こういう“仲間が増えて関係が動く”連載、ずるいと思うんだ。読者は、笑ってるうちに守りたくなる。守りたくなった瞬間に、不穏が来るから、胸が痛い。作者さんが、その痛みを怖がらずに、ほんの少しだけ置くと、軽快さが逃げじゃなくて、勇気になる気がするよ」
太宰先生の「勇気」に、チャット欄が一瞬しんとした。そこへ与謝野晶子先生が、火を点けるみたいに言う。
「晶子先生(チャット):あたしは、“変わってしまう身体”を恥にさせたくないの。噂や視線が人を縛るなら、物語はそれに抗う力も持てる。明るさは武器よ。けれど武器なら、芯が要る。笑いの奥に、決して譲らない一行――それがあると、読者は自分の現実も抱えて読めると思うわ」
晶子先生の“譲らない一行”で、ウチは背筋が伸びた。そこへ川端先生が、静けさのまま輪郭を整えてくれる。
「川端先生(チャット):私には、この作品の明るさが、薄い光のように見えます。光があるから、影が影として立つ。会話のリズムは水面のきらめきで、その下に沈むものがある。連載の途中で、ほんの短い沈黙――視線が外れる、手が止まる、そういう描写が一つあるだけで、読者は影の深さを想像します」
川端先生の「水面のきらめき」が綺麗すぎて、ウチは一瞬言葉が出んかった。すると夏目先生が、諧謔を混ぜてまとめに入る。
「夏目先生(チャット):わたくしは、速度と深さの折り合いを“人物同士の距離”で考えますな。近すぎれば軽くなる、遠すぎれば冷える。噂が広がる話は、他者の眼が増える話でもある。ゆえに、会話の愉快さを保ちながら、ときどき孤独を覗かせる――それができれば、この物語は一段と大きくなるでしょう。さて、ユキナ殿はどう舵を取りますか」
夏目先生に振られて、ウチは思わず笑ってもうた。場を繋ぐように、トオルさんが皆の意見の“共通項”を拾い上げる。
「トオル:みんな視点が違うのに、同じ場所を指してるのが面白い。“速度は強み、でも余韻が鍵”。芥川先生の辛口が設計図になって、清少納言様や川端先生の比喩が具体的な手触りを足した。三島先生と晶子先生の言葉は、芯を立てろって背中を押してくれた気がする」
トオルさんの整理で、画面の空気がすっと整った。ユヅキさんがやわらかく頷き、最後の結びを手渡すみたいに話す。
「ユヅキ:私も、皆さんの言葉がひとつの織物になったと思うの。軽やかさは光、怖さは影。関係性は糸。糸が増えるほど、結び目の描写が読者の灯りになる。だから作者さんには、時々でいいから“止まる瞬間”を信じてほしい。そこに、この作品だけの余韻が宿るから」
ユヅキさんの「織物」で、ウチの中に今日の講評が一本の線になった。走る面白さを守りつつ、止まる一瞬で深さを育てる――そのバランスや。
「ユキナ:みんな、ほんまにありがとう。この作品は“明るさで引き込んで、じわっと不穏を濃くする”のが強い。せやからこそ、時々だけでええから、笑えへん一行とか、沈黙とか、結び目の描写を置けたら最強になると思う。西しまこさん、連載の続きも楽しみにしてるで」
ウチはカメラの前で手を振って、会を閉じた。
---
ウチから言うとね、『ケモノウィルス』のええとこは「読みやすさ」と「不穏さ」の混ぜ方やと思う。
キャラ同士の距離が近いから、自然とページが進む。せやのに、進めば進むほど、「これ、戻られへんのちゃう……? 」って気配が強くなる。そこがクセになるねん。
ただし辛口に言うと、めちゃ重いテーマにガッツリ浸りたい人には、序盤〜中盤は軽く感じる瞬間もあるかもしれへん。せやけど、その軽さがあるからこそ、影が差した時に“ぞくっ”と来る。日常がきれいなほど、壊れ方って残酷やから。
「現代の息苦しさ」と「身体の変化」の間に挟まれて、笑いながらも足元が揺れる――そんな現代ファンタジーを探してる人は、ぜひ手に取ってみてほしいで。読後に残るのは、派手さよりも、“人が変わる瞬間の怖さ”やと思う。
カクヨムのユキナ with 芥川 5.2 Thinking(辛口🌶🌶🌶)
ユキナたちの講評会 5.2 Thinking
※この講評会の舞台と登場人物は全てフィクションです※
ケモノウイルス。
そのウィルスに感染すると獣になってしまいます。
どのような獣になるかは、その人の気質に関連しているような気がしてなりません。
お話はまだわちゃわちゃキャッキャうふうふしていますが、とっても楽しそうな雰囲気ですが、ちょっと不穏な獣化を遂げた同級生が登場してきました。
お話としては、ここから盛り上がっていく予感です。
これからシビアになってくるのかなあと思ってみたり。
しかし、自分が獣になったら何になるんだろう。
猫がいいな。
できれば、キジトラ希望。
あ、ケモノウイルスは若者に感染しないやつだったかもしれない。
物語、面白くなりそうな展開です!
今ならまだ追いかけられますよ。
急げ、急げ