夜更けの接続音から始まったこの物語は
やがて光へ至る。
それは技術史の回顧ではなく
〝好き〟という感情が
恐れや欲望、誇りや敗北を抱えながら
形を変えていった軌跡そのもの──
地下で囁かれていた熱狂は
やがて誰もが参加できる
光の広場へと解き放たれる。
匿名の闇で磨かれた知恵は
コミュニティの温度に置き換えられ
〝守るための技術〟は
〝分かち合うための場所〟へと変貌していく。
本作が美しいのは
進歩を単純な勝利として描かない点にある。
便利さの裏で失われた役割
誇りだった居場所
そしてそれでも否定されない
あの頃確かに燃えていた情熱。
時代に取り残されたのではなく
時代に抱きしめられて溶けていった――
そんな静かな諦観と肯定が
行間に満ちている。
これはオタク文化の年代記であり
同時に、一人の人生が世界と同期し
やがて手のひらの光へ収束していく詩です。
失われたものは多い。
だが、すべては今も再生可能な場所にある。
その事実を、そっと肯定してくれる物語──
このエッセイ、なんというか、読んでいると“あの頃”の空気がまざまざとよみがえってきて、気づけば自分までタイムスリップしている気分になりました。ピーガガガ…の接続音、深夜にこっそり検索したあのドキドキ、HDD容量とのにらめっこや、謎のファイルに一喜一憂したあの頃。
技術と「好き」という気持ちの両方に翻弄されながら、自分だけの聖域を作っていく主人公の姿が、ちょっと不器用で、でもめちゃくちゃ愛おしいんです。パソコン自作やP2P、聖地巡礼に初音ミク。大人になって忘れていた“何かに夢中になる楽しさ”や“ネットのもう一つの青春”を、懐かしい言葉たちで思い出させてくれます。
“みんなの「青春の座標」はどこにあった?“ … … そんな気持ちでページをめくってほしい、あたたかなネットの回顧録です。
かつて、人々の興味を「信仰」から「科学」へと変えたのは、黒死病の存在だった。
それいらいイギリスをはじめとして、機械化が進み、人々の生活が変わる。
ベルは、遠くはなれた人間との会話を可能にし、
ワットは、ただ寝るだけだった「夜」という概念を変えた。
そしてアメリカでとある兄弟が空を飛んだ。
2001年、アメリカの貿易ビルに飛行機が衝突し、人々は世界で今、何が起きているのか興味を持ち、それで開かれたのが「インターネット」という扉だ。
2020年、疫病が蔓延。人々は外出自粛を迫られ、面と向かって話すことを禁じられた。
繋がらない電話。対応してくれない相談相手。それで生まれたのが、AIである。
とまあ、非常に長いマクラになったが、
人が何かを成す。文明とは言わないが、イノベーションを起こすのには、それなりのエネルギーが背景にあったということだ。
この作家先生の場合はまずは「お願い、ティーチャー」というアニメだったのだという。
それで「WinM X」と、先生は出会った。
さらに容量が足りなくなると外付けハードディスクを購入するようになり、ついには自作PCという領域まで手を伸ばしてしまう。
そして、ニコニコ。初音ミクの登場。それまで、会話の相手は地元の友達だったのが、ネットを通じて世界中の同志たちに。
そしてついに「君の名は」上演。アニメオタクと、一般人のボーダーは無くなった。
その人を形成するのは、歴史である。
それは、文化の成り立ちに当てはまる。
機会に弱い私でも、十分に楽しめました。
ぜひ、ご一読を。
あのインパクトが訪れるまで、自分はただの「ゲームやアニメなどのサブカルが好きなだけのガキ」だったかもしれない。
さほど大きくもないサイズのディスプレイに、たった一本のネット回線、そして広がる無限の世界。
インターネットとの接触だ。
初めはフラッシュ動画による面白コンテンツだ。
これをゲートウェイドラッグとして、自分は以降ネットの虜となる。
やがて、ゲームコミュニティサイトに辿り着き、そこで表現の場と機会を得、承認欲求を形作っていく。
そして、決定的となったのがニコニコ動画だ。
初めはその怪しさから「違法ダウンロード動画サイトなのでは」と危険視していたが、いつしかゲーム実況にのめり込み、やがて公式配信というクリーンで安全な手段でのアニメ配信を毎シーズン楽しむようになった。
就職活動で打ちのめされ、生きる気力を削がれた時も、アニメの続き見たさに生にしがみついた。
Twitterを始めとしたSNSが台頭し、流行りのコンテンツを通じて友人と呼べる間柄の人たちも増えた。
就職し、知識を付け、自分も動画を作って投稿したりした。
一人暮らしを気にBTOでハイエンドのタワーPCを購入し、エロ漫画やフィギュアを物欲のままに購入することも覚えた。
拮抗していたニコニコ動画とYouTubeの関係はいつしかぶっちぎりでYouTube優勢となり、「Vtuber」という新たなコンテンツの形を提供し始めた。
いつしかネットを始めとしたデジタルコンテンツ、漫画・アニメといったサブカルチャー文化は、日本を代表する世界のメインストリームとなった。
私は単なるガキではなく、立派なオタクになっていた。
そんな私でも、危険性からその深みに触れてこなかった世界がある。
ネットの深淵に眠る技術、通称「割れ」だ。
様々な建前や自己保身の弁明の下、作者はその深淵へと身を委ねる。
物理的容量、技術的障壁、そして法的危険性。
様々な障害を乗り越えた先に、作者の心境と居場所も時代とともに移ろっていく。
これは、そんなデジタル世界の、ディープなアングラなコンテンツ史である。
相応に知識がある者、そして深淵を除く覚悟のある者にのみ、本作の門戸は真の意味で開かれる。
どうぞ、相応の資格を携えた上で、本作をお楽しみいただきたい。
ディープな世界へようこそ!