42.誘い




 漁民達は手鋏鮫の曳き上げが終わり一旦解散となった。

 

 所属する船に戻り修復や清掃をする者、漁民ギルドにある医療室に行き怪我の治療を依頼する者、あるいはギルドの食堂などといった場所で休む者などがいた。

 

 また解体担当者が手鋏鮫の解体をする後ろで見つめる者達もいた。

 彼等は険しく思い詰めたような顔して、無言で作業を見つめ続けている。



 レイリーリャはハイリアルとテグドラウが歩く後ろを付いてきている。テグドラウに漁民ギルドにある食堂の場所を案内して貰っているからであった。


 ハイリアルから漁民ギルドでの会食が始まるまでは、従者としての仕事をせずに、ここで休むなり好きなように行動していいという許しが出ていた。


 レイリーリャはどこかで休もうと思っていた。そのついでにパンか何か、軽い食べ物を買って食べたかった。

 漁民ギルドにも食堂があるだろう思い、そこへ行こうとハイリアルに告げた。


 ちょうどその時、すぐ側にテグドラウがいた。


 レイリーリャは漁民ギルドの食堂に入った事はなかった。

 だが漁民ギルド事務所の建物の中か、すぐ側にあるだろうと思っていた。

 例えそうでなくても、職員か誰かにその場所を聞けば良いと思っていた。


 テグドラウがわざわざ案内してくれるので、せっかくだからとその好意に乗っかり教えて貰う事にしたのだった。


 彼の後ろを付いて行ってる時に、ハイリアルも一緒になってその後ろを付いて行ってるのが目に入った時は、一瞬意外に思う。



……何でハイリアルさまは、わざわざ一緒に付いてきてるんだろう?



 レイリーリャは疑問に感じる。



……そーだよね、ハイリアルさまも人間なんだしお腹減っちゃうよね。



 だが、ちょっと考えてみたら、別に驚くような事でも無かった。



……ハイリアルさまもお昼ごはん、食べてないもんね。


……何か買うのかな?



 一人勝手に疑問を感じ、勝手な答えを見付けていた。



 レイリーリャの背中を海風が煽り、白銀色した前髪が頬に掛かる。



 テグドラウはハイリアルが付いてきているのに気付き、その方に振り返る。



「さっき手鋏鮫を引き揚げただろ。よくスロープに魔法で氷の坂を作って滑らせる事を思いついたよなぁ。」



 感心し言葉が唸る。

 顎に片手を付け、その言葉が体内で響いているように頭を左右に振った。



「そうですよ。わたしもそう思いました。ハイリアルさまは本当にアタマが良いのですね。」



 レイリーリャも感激し敬意を表す。

 両目を輝かせハイリアルを見つめる。

 ハイリアルは二人の顔を見ると、口許に微かな喜びを浮かべつつも、困惑し両眉が少し下がっている。



「おいおい。褒めてくれるのは確かに嬉しいが、我はそんなに大した事をしていない。


 魔法で氷のスロープ作って滑らせただけだ。」



 少し笑うような口調だった。

 手に持つ薙刀を左右に振る。



「何言ってるんだッ。


 オレのアタマじゃ、思いつかん。」



 テグドラウは片手の甲をハイリアルに向けて振り、自らと比較してツッ込む。

 レイリーリャは二人の態度が目に入っている。



「そうですよ。わたしもあの時、何をされるのか解りませんでした。」



 こう同意しながら、いつの間にかこの二人が仲良くなっているのが不思議なように感じている。



「……二人とも、氷魔法を唱えた事無いだろう。」



 ハイリアルが二人を見比べながら訪ねる。



「まぁな。オレは魔法使えねぇからな。」



 テグドラウが同意する。

 彼女もそれに合わせて頷く。



「氷魔法を全く使わないから、その特徴を全く知らない。


 一方我は、氷魔法をよく使っているから、その特徴を知っている。」



 ハイリアルが説明を始める。



「まぁ、そらそうだな。」



 後ろを振り向いて聞きながら歩くテグドラウの足取りは遅くなる。



「特徴を知っているから、それに思いついた行動を組み合わせ、実行してみた。


 ……それだけの事だ。威張れるようなものではない。」



 説明しながら口許に苦笑いを浮かべる。



「二人が氷魔法を使えたら、汝らがやっていたのではないか。」



 ハイリアルは二人を見る。

 見下すような態度は無く、二人だったら出来るというような確信があるように断定したのだった。



「無理です。」



 レイリーリャは即答する。

 そう言いつつも、組み合わせが思いついたらどうなんだろうと自分自身に尋ねている。



「出来ねぇよ。それで思いつくのはハイリアル、オマエだけだよ。」



 テグドラウも否定しツッ込みながらも、苦笑いを浮かべる。



「これはイヤミ入ってるゾ。」



 ハイリアルは頭を傾け途惑いながら考える。



「そうか?……海での漁獲なら、汝だったら色々思いつく事あるだろう。」



「まぁ、長い間色々やってるからな。」



 テグドラウは眉間に皺を寄せて考えながら同意する。



「我は漁獲を一度もやった事が無いから解らぬ。それと同じような事だ。」



 ハイリアルは言い切る。



「そういうものか?」



「そういうものだ。」



 テグドラウの顔にはハイリアルが言う事を納得し切れておらず、晴れやかな表情ではなかった。



「…………それなら、まぁいいや。どっちも凄いという事にしておこう。」



 丸め込むように両眉が下がった苦笑いを浮かべる。



「…………上手い事まとめたな。」



 ハイリアルも口許に笑みを浮かべる。



「違うと言われるより、褒められた方が嬉しいだろ。」



 見つめるテグドラウの丸い顔の口許に笑みが浮かぶ。



「……それはそうだな。」



 二人は快活に笑い出す。


 レイリーリャは、ハイリアルが楽しそうにテグドラウと喋り合う姿に驚きを感じている。


 普段は不機嫌そうに何も言わずに黙り続けているハイリアルが、色々喋り楽しげに笑い出す姿を間近で見る事が無かったからであった。



…………何か、良いなぁ…………。



 この姿を眺めながら、ハイリアルが楽しげに振る舞う姿に嬉しさと微笑ましさを感じる一方、心の奥底に沈むように寂しさと悲しさが潜んでいた。


 この寂しさと悲しさを覆い隠すように、楽しく微笑ましく感じ続ける。




 三人は漁民ギルドの建物の中に入り、部屋の入口に着く。


 テグドラウがこの前で立ち止まり、振り返って二人に告げる。



「おう、ここだ。ギルドの食堂はここだ。この時間やってるのかな。」

 


 首を向け室内を覗く。

 室内はテーブルが並び、中に居る者はまばらでほとんどいなかった。


 レイリーリャはテグドラウに向き合い礼をする。



「ここまで連れてきてくれてありがとうございました。」



「おう、レイリーリャのねーちゃん、こんな事アタマ下げるような事じゃねーぞ。また夜になッ。」



 笑みを浮かべ上げた片手を振る。

 レイリーリャは振り返り漁民ギルドの食堂の中に入っていく。




 長年使われくすんだテーブルが並んでいる間をレイリーリャは通り抜けていく。

 端のテーブルには漁から戻り、食事を摂りながら酒を呑む漁師がくつろいでいる。



…………ハイリアルさまは来ないけど、トイレかな?



 ハイリアルはレイリーリャと一緒に食堂の中に入っていなかった。


 食堂の奥まで行くと調理室があり、注文を受け付けるカウンターがあった。だが手鋏鮫の解体で出払っているのか、その中には誰もいなかった。


 その右手側の端には購買のレジがあった。

 レジには頭巾を被るフルーデルの老婆が座っていた。レジの周りにはパンや飲み物などいくつか商品が並べられている。

 レイリーリャがレジに近付き商品に目を向けると、老婆は目を覚ましたように見る。



「娘っ子よぉ。見ない顔だなぁ。ここ初めてかぁ。」



 皺だらけの顔に笑みを浮かべる。



「そうです。初めてです。手鋏鮫退治に手伝って船に乗っていました。」



 レイリーリャは笑みを浮かべながら応える。



「あぇま。こんな若い娘っ子だのに、ぶねふねに乗って手鋏鮫やっつけぅやっつけるたぁ、ぶったまげたなぁ。」



 老婆は驚き、声が昂ぶる。



「若いのがくぅくる事だけでもめずぁしぃめずらしいのに、肝がぶっといのう。


 わしぁわしらの若いこぉころでも、ぶねふねのぅのることさえ恐がったのに……。」



 老婆は口許に笑みを浮かべて感心しながら、言葉が自らの身体の中に響いていくように何度も頷く。


 レイリーリャはその言葉を聞き苦笑いを浮かべ、手を左右に振って否定する。



「わたしが手鋏鮫を倒したワケではないですよぉ。


 船に乗ってお昼ご飯食べ損ねてしまいまして。」



 置かれてある商品を眺める。

 陳列台を兼ねた箱の中には、商品であるパンは大方売れてしまい、数個売れ残ってあるばかりだった。



「この後、やっつけた手鋏鮫を料理してみんなで食べる事になってまして。


 お腹減ってるのに、今たくさん食べちゃったら、この後で食べれなくなってしまいますから、どうしようかなぁと。」



 レイリーリャはパンを一個取る。



「これとぉ、ホットミルクお願い出来ますか?」



「ちょっと待っててなぁ。」



 老婆は立ち上がると、ゆっくりとした足取りで調理室の鍋の前に行った。

 そして鍋から小さな鍋に牛乳を注ぎ、コンロで暖める。暖めた物をカップに注ぐと、こぼさないよう気を付けながら持ってくる。



「はいよぉ。ホットミゥクホットミルク時間が経っちゃったものだかぁ、お代はチーズパンだけで良いよぉ。5まぅまる銅貨なぁ。」

 


 チーズパンの横にホットミルクが入ったカップを置く。

 


「良いんですか?」



 レイリーリャは少し悪い気がして聞き返す。



「良いンだよぉ。時間が経ったぁ処分っすぅ物だかぁねぇ。」



 老婆は口許に笑みを浮かべる。



「ありがとうございます。」



 レイリーリャも口許に笑みを浮かべ礼を言うと、丸銅貨を5枚置いた。そしてチーズパンとホットミルクのカップを持ち、空いている席に座る。


 置かれたホットミルクのカップから湯気が立ち、表面に白い膜が浮く。



「やっとお昼ごはんか。」



 レイリーリャは両眉を下げ苦笑いを浮かべる。

 カップを取り一口飲む。


 口の中にホットミルクの暖かく優しい味が広がっていく。



…………おさかなじゃないけど、おいしい……。



 レイリーリャは両目を瞑り後をひく味に浸る。



…………これはこれで、満たされるよね……。



 身体にまで温かみが伝わるように感じる。

 余計な力が肩から抜けていくようにも感じる。 


 レイリーリャは完全にハイリアルの存在を忘れていた。




▽▲▲▲▽▼▼▲▲▲▽



 時間は遡る。

 レイリーリャが食堂に入ると、テグドラウはそこから離れようと歩いて行く。

 その横をハイリアルも付いて行く。



「あの時犬族獣人が、ギルド長が『領都侵略するならテグドラウもついていく』とか言ったなぁ。」



 ハイリアルが口許に笑いを浮かべる。



「トイチのヤツ、オレまで巻き込みやがって、ロクな事言わねぇなぁ……。」



 テグドラウの口許が歪む。



「漁民ギルド長が海賊してた時、どっかの都市を陥落させたの凄ぇとは思ったけどなッ。」



 声のトーンが高まり、口許に苦笑いを浮かべる。


 海風が吹き、建物の側に立つ木の葉を震わせ音を立てる。

 鳥も威嚇するように鋭い鳴き声を上げ飛び立っていく。



「…………領都侵略ではないが……。」



 ハイリアルは口許に浮かぶ笑みを鎮め、テグドラウの顔を直視する。



「我と一緒にドマーラルシズトを倒す気は無いか。」



 その言葉に緊迫感が漂う。



「…………ドマーラルシズト?本気かぁ?」



 テグドラウは驚きで目を見開き凝視する。

 その口調は昂ぶっている。



「本気だ。ドマーラルシズトを見つけ出し、これで倒すつもりだ。」



 ハイリアルは握っている薙刀を上げる。



「…………まぁ、オマエのあの魔法を見たから、倒せないとは言うつもりはないが、…………」



 テグドラウは眉間に皺を寄せ俯く。



「…………オレが若い頃だったら、面白いって言って、付いて行ったンだろうけどな…………。」



 その声の調子は低く沈む。



「……今は結婚して、子供が二人いるからな。」



 顔を上げハイリアルを見つめる。



「命懸けの冒険は、今は出来ない。」



 言い切られた声は力強かった。

 それを聞きハイリアルは目を見開く。



「汝は二児の子持ちだったのか。それなら誘う訳にいかないな。」



 口許に苦笑いを浮かべる。



「子育てはある意味、どうなるか解らない、冒険以上の冒険ではないか。」



 両目を瞑り何かを思い出したように、口許に歪んだ笑いを浮かべる。



「そういう訳で行けない。すまないな。」



 テグドラウは顔を歪ませ詫びる。



「謝らんでいい。所詮我が満足する為だけに行うものだ。」



 ハイリアルは片手を上げて拒絶する。



「だから、レイリーリャはいずれ帰すつもりでいる。」



 テグドラウは神妙な顔を浮かべる。



「…………そうか。それならそういう事やらなくても良いだろう。…………と言っても、止めるつもりはないんだろう。」



 そう言いながら、思わず口許に苦笑いを浮かべてしまう。



「そうだな。」



 ハイリアルは表情を変えずに即答する。

 テグドラウは眉間に皺を寄せ神妙な顔をしていたが、何かを思いついたように表情が変わった。



「…………そういうハイリアルこそ、ここで漁師をやるのはどうだ?」



「漁師?!」



 ハイリアルは全く想像していなかったようで、両目を見開いて驚く。



「オマエの魔法の力なら、シーサーペントでも狩れるンじゃないか?」



 窮余の一策を思いついたように、ハイリアルの顔を見つめる。

 その声は昂ぶる。



「……シーサーペントか……。」



 ハイリアルは目を細め考える。



「何なら、ギルド長みたいにセイレーンの娘を攫うか?」



 テグドラウは喋りながら笑い出す。

 ハイリアルもそれを聞き苦笑いをする。



「……我はそういう趣味はないのだがなぁ……。」



 その口調は笑いで震える。


 歩きながら話し続けていた二人は、漁民ギルドの敷地を出た道にいた。


 テグドラウはハイリアルに言う。



「オレは一旦家に帰る。また夜にここに戻って来るが、漁師になる件について考えて置いてくれ。」



「ドマーラルシズトを倒した後なら考えよう。」



 ハイリアルは苦笑いを浮かべ、その口調は楽しげであった。



「それではまた夜に。」



 テグドラウは片手を上げ別れの挨拶をすると、振り返り自宅に向かって去って行った。


 ハイリアルはその背中をしばらく眺めていたが、振り返りギルドの建物の方に戻っていく。


 独りになり、その表情は思い詰めたように険しく変わる。

 その目はレンズ越しに何かを射るように据わっている。



「…………漁師になるのは、…………倒した後、ならな……。」



 独り呟く声は低く、何かの覚悟を決めたような圧力があった。



 吹き付ける海風がハイリアルに向かう。 髪とローブが後ろに煽られ靡く中、前に進む。

 

 

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。





著作者おだてりゃ 木に登り




ますます ハナシ 創り出す

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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい―― 一三一 二三一 @132miginionajiku131

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