41.魚体




 手鋏鮫の魚体が海面に浮かんでいるうちは、レイリーリャが握るロープに重さを感じながらも、引っ張る事は出来た。


 しかし水中からスロープの上に曳き上げてからは、魚体が底を引き摺られてしまい、ロープがより重く感じられるようになってしまい、余り曳き上げられていなかった。


 スロープは上り坂になっており、魚体との間に丸太のコロを挟んでも、漁船と同じ位の魚体を引き揚げるのは重くかなりの力を要する。


 レイリーリャは身体を後ろに傾けながら曳くが、手鋏鮫が曳かれる動きに変化はほとんど無かった。少ししか後ろに曳き上げられなかった。



「……こんな重いモノを、よく船でここまで運べましたね。」



 レイリーリャは後ろに引っ張りながら、誰ともなく、感心するのか呆れているのか混ざったような言葉が口から漏れてしまう。



「…………そうだな…………。」



 ハイリアルは身体ごと後ろに倒し、重心を後ろに掛けている。奥歯を噛み締め険しい顔をしながら力を入れ続けている。同意する以外の事を喋る余裕は無いようだった。



「……野郎ども、あともう少しだッ!力を込めて引っ張れ!」



 片手で突く杖を支えにして、漁民達の直ぐ横に立つ漁民ギルド長ザブトゲルクが、ロープを曳く漁民達に激励する。


 手鋏鮫の魚体はロープで曳かれ続け、海中に浸かっていた胴体が少しずつ海面から現れる。


 ハイリアルはそれを目にすると、ロープを曳いたまま漁民ギルド長に向けて顔を上げると呼びかける。



「魔法を使って良いか?引き揚げるのが、多少楽になるかもしれぬ。」



「……どうやるのか解らんが、火魔法で焼かないなら良いゾ。」



 漁民ギルド長は許可する。

 その眉間に皺を寄せているものの、疑いや嫌悪する様子は無かった。



「風魔法も使わん。……気を付ければ大丈夫なはずだ。」



 ハイリアルが返す言葉は微かに昂ぶっている。

 レイリーリャやその周りでロープを曳いている者達に一旦離れる事を詫びる。そしてロープを掴む手を離すと、側に置いておいた薙刀を取りに行った。



…………風魔法や火魔法を使わないとしたら……水魔法?


……氷や水を出してどうするんだろう?…………



 レイリーリャはロープを曳きながら考える。



…………氷で冷やせば、長く鮮度が保つけど、……?……



 考えても彼がどうするのか解らなかった。



 ハイリアルは愛用の薙刀を持ってくると手鋏鮫の側に寄った。そしてフードを取り魚体の尾の方を見ながら構える。無詠唱で唱え魔法の名も言わなかった。


 尾の下から魔術で出来た氷が盛り上がっていく。その上に乗る魚体も盛り上がっていく。


 氷の上に乗った尾と、スロープに接する胴体との間にある魚体が、間にずれ落ちるように曲がる。


 そこにも魔術で出来た氷が盛り上がってくる。

 その上に魚体が乗り、そのまま盛り上がっていく。


 胴体の下にある氷が尾の下にある氷と同じ高さになると、その間を埋めるように氷の支えを魔法で作り上げていく。これを尾の下で支えている氷の隣まで繰り返して作っていった。


 魚体はスロープに接する胴体から尾まで、ほぼ水平になる。


 それから今度は、尾の下の氷がそれを乗せたまま盛り上がり始める。


 それに伴って魚体の尾びれ側の方が上に傾き、頭側が下に下がる。



「氷の表面に水魔法流しているから皮にひっついてないはずだ。引っ張ってくれ。」



 ハイリアルは後ろに振り返って告げると、直ぐに魚体の方を向いて魔法を唱える。

 尾を支える氷の手前を接する氷が上に盛り上がっていく。



「…………やるじゃねーか。」



 漁民ギルド長ザブトゲルクは口許に薄笑いを浮かべる。

 そして漁民達の方を向いて告げる。



「よしッ、ヤローども、良いというまで引っ張れ!」



 ギルド長の声は昂ぶる。

 漁民達も昂り曳く力が入る。

 レイリーリャも再びロープを曳き始める。

 両腕に伝わる重みが薄まったように感じる。


「……すっごいなぁ。ハイリアルさま……。……助かります。」



 腰を降ろし重心を下げて曳くレイリーリャの口から感嘆の言葉が漏れる。


 手鋏鮫の頭の前に漁民がコロの丸太を置き、ハイリアルが魔法で氷の斜面を調整しながら作っていく。

 鋏がスロープの斜面に引っ掛かりそうになると犬族獣人やヌ=エンビ達が抱え上げて直す。 

 曳かれる魚体もゆっくりとコロが置かれたスロープを上がっていく。

 


「あと8ルートメか?あの辺りまで引っ張ってくれ。」



 スロープの傾きがなくなり平らになっている所を、漁民ギルド長が空いている方の手で指す。


 漁民達は指示が有った所をまで魚体を曳いた。

 伏せられた手鋏鮫の魚体は港のたたきの上に晒される。


 漁民ギルド長の呼びかけに周囲の者達が集まる。

 漁民ギルド長ザブトゲルクは囲む漁民達を見回すと言い始める。



「ヤローども、ここまで曳いて、よくやったッ。」


 

 漁民ギルド長ザブトゲルクの賞賛する声が弾む。

 その口許に笑みが浮かべながら、ハイリアルに顔を向ける。



「ハイリアル、殿の、氷の坂は、本当に助かった。感謝する。あれが無かったら、重くて曳くのがもっの凄く大変になっていたなッ。」



 ギルド長は頷きながら『もの凄く大変』の部分を強調する。

 ハイリアルは淡々と何でも無いように聞いているが、口許には微かな満足感が表れている。



「夕方過ぎには、バラしたコイツの肉を調理して振る舞おう。コイツを殺る手助けしたヤツらはタダで食わせてやるッ。」



 ここで引き揚げをした漁民達は喜びで昂り声を上げる。



「さすがギルド長!」


「太っ腹ぁ!」


「ウィスキー樽ごと出せぇ!」


「今度、領都侵略するなら付いてくとテグドラウが言ってたゼ!」


     「…………ついでにハーフの娘さんも食わせろ……。」



 漁民達は興奮する。

 その姿に漁民ギルド長ザブトゲルクは苦笑いを浮かべる。



「落ち着け、おまえら。……好き勝手言いやがって……。」



 領都なんか攻め落とせねーだろーバカヤロゥと小声で呟きながら、両手の手のひらを下げて、落ち着くよう身振りをする。



「…………なお、酒代は、……オマエらも払えよ。頭割なッ。オレも払うんだからなッ。…………」



 その口調には、他人の身体を掴んで池に落ちる道連れにする者のような、妙な嬉しさがあった。



「ケチンボギルド長!」


「チ○ポも小物ォ!」


「『オレが全部おごってやる』って言えねぇのですかぁ?!」


「前にやった時みたいに、ベイジスラローンのブコン屋の酒蔵襲いますね。」


    「…………それなら、奥さんの方でも構いませんッ……。」



 漁民達は不満の声を上げる。

 怒っているのか、ギルド長にヘンなレッテル貼れて楽しいのか、どっちとも取れるようなトーンだった。



「どアホ!やってない事でっち上げるなッ。トイチッ。」



 ギルド長は犬族獣人トイチに向かって、声を張り上げツッ込む。



「ブコン屋はまだ健在じゃねーか。バカヤロゥ。……『ザブトゲルク』は健全なんだよ。人聞きの悪い事言うなッ。


…………どいつもこいつもロクな事ほざかんな……。」



 ザブトゲルクは顔を歪ませ溜息を吐いた。


 手鋏鮫の魚体はたたきの上に伏せたまま、何一つ動きはしない。


 引き揚げをした漁民達が興奮する一方、漁民数人はその姿をよそに険しい顔をして黙っている。いまだに見つからない漁民と知己の者達であった。


 ギルド長は手鋏鮫の魚体に顔を向けて見る。

 魚体は中から弾けそうな張りがあり、胴体も腹部も充ちているようであった。



「…………これからこいつをバラす。」



 ギルド長の声のトーンが急に重く沈む。顔も両目が細まり厳かになる。


 それに伴い他の漁民達も、何かを思い出したように視線が下がり、急に重く沈む。


 レイリーリャは意識の上に現れてしまいそうな思いを、無意識のうちに思い出さないように抑えてしまう。



「ギルドのバラし屋とコックだけではデカ過ぎて明日になってしまいそうだ。……誰か手伝ってくれ。」



…………こういう作業は、こういう時こそ、わたしだけど、…………正直休みたいな……。



 レイリーリャはギルド長の顔を見る。

 ザブトゲルクはその視線に気付いたように目を合わせたが、直ぐに目を逸らせた。両眉と両口許が下がっていた。



「……レイリーリャ、……この後はさすがに、働かないでいいからな……。」



 ハイリアルは彼女の側に寄って小声で告げる。

 その顔は両眉が下がり額に皺が寄って、困惑しているかのような顔であった。



「……ギルドの建物の中で休んでいろ。」



「……解りました。ありがとうございます……。」



 レイリーリャはこの指示を淡々と受けた。

 こう礼をしながら、内心丁度良く休めて助かったと思い、ほっとする。

 肩の荷が降りたように全身に入った力が抜け、口許が緩む。


 空腹と疲れによって、ハイリアルの表情を認識し意味を考える余裕は全く無かった。



 レイリーリャが意識を逸らしている間に、別の知らない漁民が漁民ギルド長の要請を受けていた。




 この場から解散した後、行方不明だった漁民アンデンブルームの身柄が見つかったと、二人は知らされた。


 漁民は手鋏鮫の胃の中で、所々食い千切られ死亡した状態で確認されたというものだった。





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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。



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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。




著作者おだてりゃ 木に登り



ますます ハナシ 創り出す

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