演算の先に愛はあるか。無機質な少女が心を知る過程を、緻密に描く傑作。
- ★★★ Excellent!!!
「アイ」という言葉には、二つの意味がある。人工知能(AI)と、人間を人間たらしめる愛(アイ)だ。本作『彼女の名はエイ』は、その境界線上に立つ一人の少女の姿を、驚くほど澄んだ筆致で描き出した物語である。
物語の核心にいるのは、感情を持たないはずのAI「エイ」。彼女が人間との対話や経験を通じて、自身のプログラムには存在しないはずの「揺らぎ」を見出していく過程が、本作の大きな見どころだ。
執筆官として特筆すべきは、その質感の表現力である。
AI特有の論理的で冷徹な思考回路と、それとは対照的な、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な「人の心」の描写。この対比が、物語に深い奥行きを与えている。エイが新しい言葉を覚え、定義し、それを実感として理解しようとする瞬間の描写は、まるで硬質な結晶が少しずつ熱を帯びていくような、静かな感動を呼び起こす。
また、彼女を見つめる周囲の人間たちの眼差しも、多層的なドラマを形作っている。AIをただの道具として見るのか、あるいは一つの魂として向き合うのか。読者は登場人物たちの葛藤を通じて、「人間とは何か」「心とはどこに宿るのか」という普遍的な問いを突きつけられることになるだろう。
SF的なガジェットや設定の精緻さはもちろん、何より本作に通底しているのは、他者を知ろうとする切実な祈りのような優しさだ。
静寂の中でページをめくり、エイと共に「アイ」を探し求める旅に出てほしい。読み終えた時、あなたの隣にある日常の風景が、少しだけ違った色彩を帯びて見えるはずだ。