52.復興

 それからさらに数ヶ月が経った。

 イオリは相変わらず作法の授業を受け、縁談を断り、白蛇先生と豆吉とともに穏やかに暮らしている。

 

 妖狩りの襲撃の知らせはときどき聞くが、白蛇先生とともに境界警備をしていた頃ほど頻度は高くない。

 境界警備隊も、以前の不祥事での汚名をそそぐため、活躍してくれているようだ。

 

 妖の郷は、順調に復興に向かっていた。


 イオリはといえば、最近はほとんど学校に行かなくなった。

 怠けているわけではなく、学校で職業訓練の課程が新しく始まったのだ。

 おそらくイオリが学業と姫様業の両立をしやすいようにと、学校の先生たちが発案してくれたものだ。

 イオリだけでなく、同学年の妖は皆どこかしらに職業訓練に行っている。


 そのうちの一人と、イオリはしょっちゅう顔を合わせるようになっていた。


「姫様、そろそろ復興に向けた会合の時間です。町長を待たせるわけにはいきません、早く準備を」

「言われなくてもやってるよ。あんたはいつも一言多いな、黒爪」


 宮廷の有力者夫婦の息子である黒爪が、宮廷で職業訓練をするのは当然といえば当然だ。

 イオリと元々学友であることもあり、黒爪はイオリのそばに配属された。


 もう一人の級友であるお玉も、イオリと関係のあるところで働いている。境界警備隊だ。

 道場で培った戦闘の心得を生かして、境界の森……とは名ばかりの、焼け野原になった結界付近で、郷を守るため頑張ってくれている。

 最近は植林も始まったらしく、前よりは緑が増えたとお玉が喜んで話しているのを聞いた。


 姫として宮廷に入ってからも、イオリのそばには大切な友人たちがいてくれる。

 それは、イオリが身を粉にして頑張れる、大きな理由でもあった。



 学校に行く時間が減った分、イオリの仕事は少しだけ増えた。

 目下、半年前となった妖狩りによる大襲撃で被害を受けた町の復興をイオリは担当している。

 その日もイオリは、家を焼かれた町の妖たちの訴えを聞くため、町長と会合をしていた。


 半年も経つのに、いまだに家に帰れていない妖が大勢いる。

 仮設の大きな長屋で、幾つもの家族が共同生活をしているのだ。結束感が生まれることもあるかもしれないが、一方で問題ごとも絶えない。


 一刻も早く、彼らに元の家を返したいが、そのためには壊れた町の安全確認と、瓦礫の撤去が大前提。

 それが終わってやっと家の立て直し工事だ。

 どれも手作業なので、もちろん途方もない時間がかかる。


「これ以上民の不満を抑えるのも、私一人の手では難しく……」


 町長は老いた鹿の姿をしており、顎下に長い髭をたたえていた。前足でその髭をもみながら、困った顔でイオリに訴える。

 イオリは迷いもなく、町長の言葉に頷いた。


「私が赴き、直接民の声を聞きましょう。ついでに町の瓦礫の撤去も手伝います」

「本当ですか! 姫様が来ていただければ万事解決です。お忙しい中かたじけない」

「いえ。明日にでも向かえますが、ご都合はいかがでしょう?」


 そう言うと町長は目を輝かせる。

 これで悪夢から解放されます、と呟いた彼の声は切実だった。



   *   *   *



 イオリはそれからも、大襲撃の被害を受けた町に赴いては民と話した。

 イオリが大襲撃を収めた功労者であることは、郷中で知られている。


 救国の英雄が、勲章である傷を残した姿で、町の人々の声に耳を傾け、瓦礫の撤去や新しい住宅の建設に必要な力仕事を手伝って帰る。

 その姿は町の妖たちに希望を与え、イオリを支持する妖はどんどん増えていった。

 

 復興のために郷中を飛び回る生活をしていたイオリに、やがて一つの提案が舞い込む。


 復興の旗印に、イオリの入廷式を改めて仕切り直したいと。

 半年前に行なった入廷式は、その直後に妖狩りの大襲撃が起こったせいですっかり霞んでしまっている。

 再度やり直してはどうか、と王から言われたときはさすがに身構えたが、よくよく話を聞けば民衆からの署名の提出があったらしい。


『私たちのために頑張ってくれる、あの姫様の晴れ姿を改めて見たい』――そんな声が多かったと聞いては、イオリは断れない。


 また王が何か企んでいないとも言い切れないが、乗らないわけにはいかずイオリは悩んでいた。

 それを見た黒爪が、淡々と言う。


「つまり、入廷式はやり直したいけど、王様は入れたくないってことだろ?」

「ああ……うん。明け透けにいえばそうだな」

「ならそうすればいいだろ。司会役は白蛇先生、企画は俺と豆。前ほど大規模な舞台は組めないだろうけど、放っておいてもどうせ前より人が集まるんだ。広い土地の高いところからしゃべるだけでいい」


 黒爪は、手元の手帳にサラサラと入廷式の構成案を書き留めていく。

 イオリは、黒爪に庵道場の張り紙を上から下まで直された日のことを思い出しながら、ぼんやり彼の指先を見つめていた。



   *   *   *



 そして、大襲撃からちょうど一年になる日。

 復興もかなり進んだことで、人々の心に余裕ができてきた頃。


 イオリの入廷式が、改めて行われる。


 場所は、境界の森。土地が広く、遮るものがない絶好の場所だ。

 黒爪の予想通り、一年前の入廷式本番よりもずっと多くの妖が集まっている。学校の仲間たちも来てくれているのが見えた。

 

 その森の中央、少しずつ育ちはじめた苗木を避けて建てられた櫓の上に、人間の姿に戻った白蛇先生が立っている。

 本来は蛇姿のまま出るはずだったのだが、今朝起きたら人間に戻れるようになっていたらしい。奇跡が起こったと本人は言っていた。


「本日は我らがイオリ姫のためにお集まりいただき、感謝いたします――」


 先生はイオリの功績を嬉々として語る。少し盛っている気もするが、式典の場だから少しくらいいいだろう。

 先生が話し終えたら、イオリが舞台上に登場する番だ。

 櫓の上につながる梯子を、イオリはゆっくり登る。


 衣装は振袖ではなく、いつもの道着だ。

 これがイオリの正装である。おかげで梯子も登りやすい。

 

 ちょうど話が終わるのに合わせて、イオリは壇上へ出た。

 あたり一帯が拍手の音に包まれる。

 

「ではイオリ姫、こちらへ」

「はい」

「貴方は先の大襲撃とその復興において、郷のために尽力され、姫の鑑たる姿を我々の前に示してくれました」


 白蛇先生は、近くの台に置かれていた桐箱の蓋を開ける。

 そこに入っているのは、庵姫の宝物だ。


「これから先も、この郷のために戦ってくださる我らが姫様に、盛大な声援を!」


 白蛇先生がそう言って煽ると、民衆から歓声が上がる。

 その声に勇気づけられながら、イオリは白蛇先生の前に傅いた。


 金の冠が、イオリの頭に載せられる。

 庵姫が夢見た景色だ。姫様として、いつか白蛇先生の前でこの冠を戴くこと。

 

 でも。冠はほんの少しだけ、今のイオリには重く感じた。

 これから、街の復興を完全に終えて、王とももう少しマシな関係を築いて――将来、共存派と反人派が手を取り合って生きていける世界ができたら、もうちょっとは似合うだろうか。


 改めて、使命感を胸に抱きながら、イオリは民の方に向き直る。

 一礼すると、再び大きな拍手が巻き起こった。


(――庵姫。あんたの意思は、私が全部引き継ぐよ)


 イオリは決意を新たに、姫としての人生――否、妖生を、ここに歩み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

庵の剣姫 〜誰からも期待されない剣豪の娘は、妖の姫に成り代わる〜 りっく @rickyamashita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画