三題噺に挑戦しよう!

志草ねな

三題噺に挑戦しよう!

「やべぇ……何も思いつかない」

 素宙電人すちゅうでんとは自分の部屋で、一人苦しんでいた。

 彼は小説投稿サイト『よみかき』ユーザーの高校生。もちろん素宙電人というのはペンネームだ。


 最近、電人のフォロワーたちが、「三題噺に挑戦した」という話題で盛り上がっていた。

 三題噺というのは、三つの指定された言葉を使った小説を書く、というものである。

 俺だってそのくらいできるだろう、と思った電人はさっそく近況ノートに「三題噺挑戦してみます!」と書き、自主企画をのぞいてみた。


 フォロワーによるとお題は「Tシャツ」「明るい」「白」という簡単そうなものだったらしい。そんなもの、「明るい白のTシャツを着た人がいた」とでも書けばもう達成。楽勝だと思った。

 しかし、世の中そう甘くない。「Tシャツ」「明るい」「白」のお題は昨日で終わってしまった。


 新しいお題は、「フレミングの左手の法則」「滝廉太郎たきれんたろう」「アンティグア・バーブーダ」だった。


「わかんねえよ! いや一つ目と二つ目は聞いたことあるけど、よく覚えてねえし! てか最後のやつ何⁈」

 電人がスマホを前にイライラしていると、母から注意された。

「スマホばっかいじってるんじゃないの! そんなんだからイライラするんだよ!」


 一旦スマホを置き、アナログにメモと鉛筆で考えてみる。


 ◆◆◆


 滝廉太郎はフレミングの左手の法則のポーズで、アンティグア・バーブーダだった。


 ◆◆◆


 どこをどうやっても名作とは呼べない文章ができた。

「うがー!」

 電人は怒りに任せて鉛筆を机に叩きつけた。Bより硬いはずのHの鉛筆はあっさりと折れた。


「うるせえよ! 荷電粒子砲の砲塔、机の後ろに落っことしちまったじゃねーか!」

 兄が文句を言いに来た。どうやらプラモを作っていたらしい。

「兄貴! 滝廉太郎とフレミングの左手とアンチ何とかで三題噺作って!」

「AIに頼めアホ!」

 兄は部屋へと帰っていった。


「AIかぁ……」

 電人は、執筆にはAIを使用しないことがプライドだった。兄貴に聞くのはプライド的にセーフだったらしい。

 しかしこのままでは、近況ノートに書いたことを撤回しなければならない。


 結局、プライドより三題噺挫折の回避を優先させることにした。

「フレミングの左手の法則、滝廉太郎、アンティグア・バーブーダの三つのお題を入れて小説作って」

 電人がAIに指示すると、すぐに文章が出てきた。


 ◆◆◆


 こちらはいかがでしょうか。


「フレミングの左手の法則って何?」

 電人がAIに尋ねた。

「フレミングが考案した法則です」


「滝廉太郎って何?」

 また電人がAIに尋ねた。

「『荒城の月』で有名な音楽家です」


「アンティグア・バーブーダって何?」

 またも電人がAIに尋ねた。

「カリブ海にある島国です」


「すごいや、AIは何でもすぐに答えてくれる。素晴らしいね」

 AIと人間の未来は明るい。


 ◆◆◆


「クソつまんねえ!」

 素直すぎる感想が電人の口から漏れた。その声は、しっかりとスマホのマイクに拾われていた。


 ◆◆◆


 クソつまんねえですか。

 では、こちらはいかがでしょうか。


 愚かな人間を滅ぼすためのAIと人間との戦いが続く未来。電人はアンティグア・バーブーダ戦線に送られていた。

 AI軍の強力なビーム攻撃に人間たちはなすすべもなく、電人もまた犠牲者の一人となった。

 電人の亡骸なきがらは、フレミングの左手の法則を思わせる奇妙な形になっていた。AI軍の戦士たちは電人の体をドアマットのごとく踏んでいった。


 焼け跡には、誰かが置き去りにしたオルゴールが一つ。滝廉太郎の『荒城の月』が静かに流れていた。


 ◆◆◆


「AIキレた! すいませんでした!」

 電人はスマホに向かって謝罪した。命が惜しかったのである。


 それから自らの頭で必死に考えて、ようやくできあがったものがこれだ。


 ◆◆◆


 アンティグア・バーブーダにやって来た滝廉太郎は、理科の勉強をしてフレミングの左手の法則を知った。


 ◆◆◆


「小説になってねえよ! これ投稿したら滝廉太郎ファンとアンバブの人に怒られるよ!」

 なお、アンティグア・バーブーダはアンバブとは略さない。


 無情にも時は流れていく。電人が「三題噺挑戦してみます!」と書いた近況ノートには既に三十以上の「いいね!」がついており、今さらなかったことにするのは難しい。

 はっきり言って、「挑戦したけど難しくてできませんでした」と書けばいいだけのことなのだが、それは電人のプライドが許さなかった。


 悩みに悩みぬいた末、彼は新たな近況ノートを作成した。


 ◆◆◆


 みなさん、おまたせしましたー!


 前のノートに書いた通り、一度やってみたかった「三題噺」、やっちゃいます!


 お題は「パーカー」「暗い」「黒」!


 はりきって参加してくださいねー!


 ◆◆◆


 こうして、電人のちっぽけなプライドは守られた。


(了)

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