熱波の鎌倉、倒れた桃と犬の再会が胸の赤い金魚を揺らす静かな言葉で描く。
- ★★★ Excellent!!!
『金魚の欠片』は、暑さと報道の不穏さが日常の呼吸を浅くする季節に、誰かを気にかける手つきだけが確かな温度として残る。語り口は軽やかなのに、胸の奥へ沈むものがある。生活の小道具や匂いの描写が細かく、場面がすぐ立ち上がる。
第1話「赤い金魚」では、鎌倉の家に着いた悠が、ゴールデンレトリバーのホリーに導かれてリビングへ駆け込み、床に倒れていた桃を見つける。冷凍枝豆や焼き芋の袋を枕にしている桃の飄々とした言葉と、熱中症の危うさが同じ画面に収まり、笑いが先に出るのに背筋が遅れて冷える。連絡しなかったことを叱る場面も、正しさで殴らず、会いたいという本音が出てしまうところがいい。桃を「僕の金魚」と呼ぶ比喩が、そのまま独占ではなく、離れても胸に棲み続ける痛みと愛の形として効いてくる。
人を救う話でありながら、救いがいつも綺麗には終わらない予感も置いていく。だから次話以降の積み重ねが気になって、読み手の中に小さな波紋が残る。