17

新学期。朝。


「や」

「…や」

「やっぱここにいた」

「なに、まだわたしに気あんの、きしょ」

「ぜんぜん」

「……なに」

「転校してくれなくてよかった」

「……転校してあげよっか?」

「しなくていいよ、君がするなら僕もする」

「……どういう意味?こわいんだけど」

「色々心境の変化もあってね、仲直りしたい」

「……次はうまくやる……とか言ったら?」

「こわーい」

「うざ」

「あれから色々考えた結果、自業自得って結論が出た。僕が悪かった。君も悪かった。正直よくわかってないことだらけだけど、君自身のすべてが悪いとは思えなかった」

「なに、またわたしに触りたいの?かみつきたいの」

「ぜんぜん。君の魅力はそんな見てくれだけのモノばかりじゃないよ」

「あっそう」

「君の家にはもう行かない、部活に行くからもう一緒に帰らない、あの鉄塔の下にも行かない。教室でも話さない。ここでだけ、こうして話したい」

「へーなんで」

「おもしろそうだから」

「…そうしくんって、すんごい変わってるね、変人、変態、クズ」

「よく言われる。君は僕と同じくらい変わってるから、貴重な存在なんだ。まだこうして顔を合わせると、局部が疼くけど」

「またきもいこと言ってる。それで?なに?ほんとは何が望み?」

「話したいってだけだけど」

「そんなわけないじゃん」

「そう云ってるじゃん」

 「独りのほうがいいし」

 「僕は君を気にしない。君って、そんな特別じゃないし。僕と比べたら普通だよ」 

 「なに、急に、性格変わりすぎてこわい」


 「……お前の方がこえーよ…」

 「……へへ」


 「一個教えてよ、もしこれから僕が毎朝ここに来て、こうやって横にいるのって、うざい?消えて欲しい?」

 「まあ、当たり前に死んでほしい」

 「なら毎日来る。決めた。」

 「なに、復讐ってやつ?けなげー」

 「何言われてもいいよ。お前のせいで、彼女とヤル時股間が委縮する………立派な精神疾患だ、お前のせいで。お前のせいで!その恨みを晴らさねーと気が済まんから、毎日来る、治っても来る」

 「……いいね、いいよ、今ので少し、嫌じゃなくなったかも」

 「あーそう、ほんとか知らんけど、どうせ嘘でしょ、明日も来るから」

 「全然いいよ、良くなった。ぜひ来てよ」

 「行くわ」


 

 次の日、爽士ではなく教師中村がその朝に現れた。

 

僕はその様子を、男子トイレの窓を少し開けて見ていた。

 声は、トランペットとかピアノとかで滅茶苦茶にされて、風に乗る宙の塵。先生は灯と同じように、渡り廊下の手すりにもたれかかって、いかにもリラックスしていると見せつけているようだった。

 灯は突然泣きじゃくり始めた。先生はまだ空に浸っていた。灯はこんなところを僕に見られたくはないだろうなと思った。罪悪感、それを感じる自らの心を疑った。

 先生はその涙を心底どうでもよさそうに、なにか興味関心のないように、ただ空と呼吸していた。それを見て思った。灯は僕と同じだった。特別でもなんでもない。先生の態度が物語っていた。僕が勝手に想像するならば、愛を貰い損ねた僕、みたいだった。

灯は一頻り泣いた後、すっきりしたように、渡り廊下から教室へと去っていった。そのパタパタという足音に心が引き締まった。

先生も鷹揚にその日溜りの廊下から戻ってきた。呼吸を整えてからトイレを出ても、表情が強張って、全身の筋肉も強張って痺れてきたから、目をつむって、逆に先生が話しかけてくるのを待とうと思った。



「爽士くん早いね、おはよう」

「…おはようございます…」

 中村は足を止めなかった。

 「…ア、先生、アノ、」

 「ん?」

 中村は足を止めた。

 「…どうして、ここにいるんですか」

 爽士は時間を巻き戻したくなった。

 「どうしてって…そうだなあ………見てた?」

 「ハイ」

 「進路指導とメンタルカウンセリングだよ。先生が泣かせたわけじゃないよ?多分、色々悩んでたんだろうね。先生がどうこうできる問題じゃないし、彼女自身にももう、何もできない。でも友達とかと楽しく学校生活を送って、心に余裕をもつことが今は大切だと思う。彼女は頭の良い子だから、それだけで今よりは快方に向かうと思う。爽士くんは聞いてる?彼女の家庭環境のこと。というか、まず、仲は良いのかな二人は」

 「仲は良いですし、まあ、色々知ってます」

 爽士は見栄を張った。嫌いだし、知らないことだらけだった。

 「友達?」

 「友達ですよ。」

 「ああ、ほんと」

 中村は嘘を見破ったように、相槌を軽くした。

 「夏休みも、一緒に映画とか行きましたし」

 「へえー、そんなに仲が良かったんだ」

 中村は疑り深くその情報を精査した。

 「何見たの?」

 「…クレヨンしんちゃんとか…」

 「ああ、先生も見たよ、息子と一緒に。まさかあんな泣けるとは思わなかった」

 「僕らも感動して、泣いてしまいました」


 「…泣いてないから」

 その時、灯が眉をひそめながらそう言い放って、女子トイレに入っていった。

 

 爽士の心は木々の色めきのような、鮮やかな気持ちに瞬時に様変わりした。中村も爽士や灯への警戒心が一気に意味をなさなくなって、その呆気なさに笑みがこぼれた。そしてそのまま、笑ってしまえと、中村は笑い出した。爽士も笑えるような気がして、笑ってみたら、こんなに大人の男と目が合っていても笑えるんだ、と実感した。

 


そうして笑っていると、また不機嫌そうな彼女が、横を颯爽と通り過ぎていく未来が見えた。その表情を思い浮かべるとおもしろくて、笑わずにはいられなかった。

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