どの詩も繊細で、情景がありありと思い浮かぶ、素晴らしい詩です。
すべて海をモチーフにしたもので、読むだけで時には朝や昼の明るく青い海、時には夜の真っ暗な海が、月や太陽の光を弾いてきらきらリズムを付けて輝き、大小さまざな波音が鳴るのを感じます。詩の中の「わたし」の手や足に感じる、砂や波の感触すらそこにあるように錯覚してしまう。
あえて英語を入れた詩なんてお洒落で、かつ、すべてには入れず2カ所にだけ入れるという。センスの塊ですね。自分にはないので羨ましくもあるセンスです。
未読の方はぜひ、この夏らしい、そしてとにかくセンスある詩を読んで情景を、美しい海を体感してみてください。おすすめです。
栗パン先生の短歌を読むと、いつも色彩豊かな情景が、こちらへ一気に押し寄せてくるように感じます。
前作の「夏の味」も、とても印象に残っていて、個人的に大好きな連作でした。今回の海をめぐる十首は、それ以上に心を動かされたように思います。
紹介文には「三つの海」とありましたが、私には、心の海の底へ深く沈んでいった人が、苦しみながらも少しずつ水を掻き、やがて海面へたどり着き、もう一度、自分の目の前に広がる海を見つめるまでの物語のように感じられました。
澄みわたる 海をこの手で 掻くたびに 爪の三日月 ひかりを掬う
なかでも、この一首が強く心に残りました。
海面を目指して必死に水を掻く姿が浮かぶのに、その苦しさをそのまま描くのではなく、「爪の三日月がひかりを掬う」と表現する。その美しさに、しばらく言葉を失いました。
苦しみながら伸ばした手が、ただ生き延びるための手ではなく、ひかりを掬う手になっている。こんなにも切実な場面を、これほど美しく表現できるものなのかと思います。
ちょうど『陸へ、紡ぐ』の第六章を読み終えたばかりだったこともあり、海へ向かい、自分の身体でもう一度その海を受け取ろうとする紬の姿とも重なって、胸に迫るものがありました。
十首を読み終えたあと、海の底からゆっくりと浮かび上がり、ようやく陸へ帰ってきたような、不思議な余韻が残りました。
今回も、素晴らしい連作をありがとうございました。