第四話 一日

時間を調べるのに向いていない時計が、60分を回った。3年前から、この日に私はとある都市へ向かうバスを待つようになった。15人を乗せるバス。行く先が地獄であるのか、煉獄であるのか、天国であるのか、私には分からない。創造主の告げはなくその都市は閉じられてしまった。…今年も開かれることはないのだろうか…。


…お久しぶりですね、皆様。想定していたよりも早く私が出てくることになりました。なにしろ今日は八月三十二日、私や彼にとって、とても大事な日の一つです。創造主に忘れられた彼女達が、もしかすると思い出されるかもしれない微かな望みのある一日…まあ、どうせ忘れられたままでいるであろうことは推測できますが。

なので、私は代わりに私、いや彼に経験を求めます。ええ、この作品の主人公は彼であるためそう長くは話しませんよ、交代交代で話します。では、また。


今日の観客は、私だ。私は私に経験を与える。そのどれもはメタファーでしかないが、それでも私はとても喜ぶだろう。…経験をしっかりと届かせることができたならよかったのにな。


…ええ、大丈夫ですよ。そのような不条理こそがこの現実を美しくする要因です。なので、あなたのようなフィクションが現実になればどれほど良かったかは考えますが、実際にそれを強く切望しているわけではありませんよ。それに、言葉だけで伝わります。


その場が電車の中に変わる。無限に続く車両を進む。

「…これは、私もお前も今日と言われて真っ先に思い浮かべる情景であったな。」

まるでお前に話しかけるかのように口に出す。お前は私であるため、私の思考全てをお前が作っているし、お前が知っていることも知っているが、それでも私はお前に聞かせようと思ったのか、そう口に出した。

波の音がする…これもありきたりではあるな。まあ、目に見えるものがこれだったからこうなるのは必然だし、浅いとも思わないが。

しかし、変化がない。ただ延々と、同じような空間を進んでいる。…まるで終わらない夏のようだな。


今、気づきましたね。そうです。それが必要なのです。テクストをしっかりと咀嚼しましょう。


…いずれにせよ、変化はない。私はこの電車の続く先を見たいのだ。創造主による、バスの続きを見たいのだ。私は彼女と違って、終わらない八月三十二日を望んでいない。終わらない十七歳も望んでいない。かといって、八月三十二日を存在しなかったことにも、十七歳もなかったことにはしたくない。いつしか私は彼女達よりも年下であったのに、もう年を越し始めてしまった。彼女達は私の時間軸とは別の時間軸で老いるということは知ってはいるが、それでも動かないまま止まっている時間軸を見ていると、私はどうしても辛さを感じてしまう。もっとも、動いていたとしてもそれは永遠に八月であっただろうが。

私は足が疲れたため、席に座った。電車は走り続けている。ふと、ファイルの中を探ると、少年からもらった感想文だけが抜け落ちたようになくなっていた。

…これが、今回の経験における起承転結の起なのだろうか。心当たりはある。あの少女は読書感想文の本のページを失くしてしまった。それの再現だろうか。元の経験についての記述が不明瞭であるが故、脈絡のない起が起きているのかもしれない。いずれにせよ、いつか起承転結の承が起きるはずだ。読書感想文を探そう。

私は窓の外に目を向けた。あたりは一面、海となっており、水面の上から光が差し込まれており、しかし水面の反射の所為で見える青は空のものではなく、水のものとなっていた。水面の近くをくじらが飛んでいるかのように泳いでおり、その姿はとても壮大で私に感動を与えた。…だがそれは美しいだけで、有益な情報は得られなさそうである。

車内にある広告スペースや電光掲示板等を見た。そこにはあの少女たちが並んでいるのが見えた。まあ、特に言える事はないか。懐かしいぐらいか。


懐かしいといえば懐かしいですが、懐かしい存在とはしたくありませんね。まあ、貴方はその性質上過去を大切にしてしまうので、懐かしいと思ってしまうのかもしれませんが。ええ、できればこの少女たちについてもっと語りたいですよ?ですが、それでは面白くない上に、話題性も欠け、考察の余地もなく、…まあ、大衆による曲解を受ける可能性はありますが、いずれにせよ面倒な事情の所為で詳細は描写できませんね。申し訳ございません。ですがその雰囲気も楽しんでくれたら幸いです。


私は次に、座席を見た。シートを外したり、様々なことを試していた。しかしそこに感想文が挟まっている事はなかった。

私は座席に再び腰をかけた。8月32日。永遠の夏休み。聞こえるのは経験の歌、なんて、どこかで聞いた言葉が流れてきた。好きだったな…こういうもの。

電車は止まらず、走り続けていた。

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致死量一千錠の希望 亜ニトラゼパム @anitorazepam

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