第2話 彼女のセンタク

 屋上に午後の風が吹き抜け、瞬間、その一画は色とりどりの乱舞に包まれた。

(何とかなって良かったわ)

ケイティ・セネは満足げに頷いて、手近なものから洗濯ピンチを外していく。

 制服のサイズではない、小さなTシャツが彼女の手にするりと収まった。


 もう、10日近く前のこと。

「どういうつもりよ、ケイティ」仁王立ちで行く手を阻んだのは同僚のアーダ・シン・ユェだった。他部署の顔見知り数人も肩を並べている。

能力至上主義者ハイペリオンの、ノア人の子どもに服をやるですって?」

「そうよ。何も持っていないらしいもの、少しは要るでしょ」

「そうだとしても何であんたが」

「理由はつけられないわ。したいと思っちゃったのよ」

「したいと思った?自分で?」

「思ったわ」

「あんた……本気なのね」

 あ、マズいかも。殺意さえ感じる口調と表情に、さすがのケイティもややたじろいだ。

「恥知らず」平手打ちのほうがマシ、というくらいの硬い声が正面からぶつけられる。

「あんたの家族はハイペリオンに殺られたんでしょ。憎くないの?あんたの弟なんて、あの子より小さかったはずよ!?」

 唇を噛んだケイティに、ユェは幾分声色を和らげた。

「私たちは戦ってるの。誰彼かまわず助けることじゃない。護る相手を選ぶのが、私たちの仕事よ」

「ユェに……言われたくないわ」

 毅然と言い返したつもりだった。が、洗濯かごを抱え、顎でそのてっぺんを押さえた格好ではどうにも様にならない。自覚すると妙に可笑しくなって、ケイティはふと口元をほころばせた。

「笑いごとではないでしょ、ケイティ・セネ。あんたは敵の人間に肩入れしようとしてるのよ?その意味が分かる?」


(分からないわけ、ないじゃない)

 何かの糸がぷつんと切れた。


 ケイティはユェの背後、筋向かいの男子隊舎で同じ批難を浴びているに違いないトニー・イーデンを思った。

 この服を着るのは、彼の救い出した子ども。けれどここで折れたくないのは、そんな小さな理由とは違う。


「わたしがあの子を憎んでも、サージおとうとが帰ってくるわけじゃないわ」

 やだ、綺麗事を言ってさ。こそりと声が上がった。

「綺麗事?——馬鹿を言わないで」

 ケイティは赤毛の頭を振り立てるように、まっすぐにユェと同調者たちを見据えた。心が動きを止めたようだ。次に開いた唇から出た声は、他人のもののように温度をなくしていた。


「あの子……レイを殺したら神さまがサージを返してくれるって言うなら、わたし、あの子のこと八つ裂きにでも何でもするわ。

でも、そんなことないのよ。そんなことをしたって何もわたしの手には入らない、返ってこないの」


 一歩踏み出すと、ユェがじりっと後退った。

「あんたはずるいわ、ユェ。サージもレイも、あんたには『関係ない人間』なの。

あんたは都合よく当てはめて、もっともらしく言って、それで自分が正しい気でいるだけよ」

「……そんなつもり、ないわ」

ユェの目が泳ぐ。自覚のなさが情けないほどのうろたえ方は、“正しさ”を振りかざす者の常だ。


「ユェ、あんたは想像しないの?

あんなに小さな子が、ママやパパから引き離されて、訳のわからない薬を飲まされて、苦しいのも痛いのも誰にも言えなくて、殺されそうになって」

「だってあの子があんな……」

非友好星ノアヴェリア人だから、能力者で気味が悪い存在だから、子どもだろうと関係ない?

あんた自身の身内じゃないから、どんな目に遭っても当然なの?」


だったら。



「誰にもそれが許されるなら、戦争なんか……終わるはずないわね」




 乾すから通るわよ、とケイティが洗濯かごを抱え直すと、一団はさっと壁際に避けた。



---

(良かったのかわからないけど、でも)

 風に巻き上げられたケイティのシャツの袖が、隣に掛けられたひときわ小さなTシャツを抱き寄せたように揺れている。


 そうよ、と彼女は声に出した。


 これで、いいの。こうなるの。

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【Exsul Viridis】偽善者たちに吹く風 鷹丘咲哉 @398Takaoka

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