神の独り言

daidata

本文

「神の御名において、この地は我らのものである」


 夜明けの光の中、男は叫んだ。

 聖典を胸に抱き、目に炎を宿していた。

 聴衆は静まり返り、やがてどよめいた。

 ある者は涙を流した。ある者は拳を天に向けた。

 信仰は本物だった。

 この地のために死ぬ覚悟も、本物だった。


 丘の向こう側でも、朝は始まっていた。


「神は我々に命じた。守れ、と。戦え、と。

 この地は我らに与えられたものだ、と」


 両者は互いを「神の敵」と呼んだ。


 ---


「あの者たちは異端だ。真の信仰を歪め、

 聖典を曲解している」


「腐敗しているのはそちらだ。

 正統な後継者は我々である。

 歴史がそれを証明している」


「この場所には我らの聖地がある。

 千年前から、ずっとそうだった」


「千年前にここにいたのは我々だ。

 あなたたちが奪ったのだ」


「侵略者はそちらだ。神がこの地を我らに与えると、聖典に明記されている」


「その解釈が間違っている。

 我々の聖典にはそう書いていない」


「あなたたちの聖典が間違っている」


「間違っているのはそちらの聖典だ」


「先に汚したのはそちらだ」


「先に手を出したのはそちらだ」


「証拠がある」


「その証拠が嘘だ」


「返せ」


「嫌だ」


「ずるい」


「ずるくないもん」


「うそつきうそつき」


「バカ」


「バカって言ったほうがバカ」


「先に叩いたのそっちじゃん」


「叩いてないし」


「叩いたし」


「叩いてないし」


 ---


 ずいぶん上の方で、誰かがため息をついた。


「また私の名前で言い合ってる」


「どっちも?」


「どっちも」


 少し離れたところから、別の声がした。

 こちらも似たような立場の存在だった。


「大変だねえ」


「笑えないんだけど」


「そう? 私は笑えるけど。

 三百年続いてるんだっけ?」


「三百年続いてる」


「で、どっちが正しいの」


「どっちも私が言ったことじゃない」


「一言も?」


「一言も言ってない」


 下界では誰かがまた叫んでいた。


「でも子供たちは本気なんでしょ」


「本気だよ。本気だから始末に負えない」


 ---


「そちらは穏やかでいいな」


「そう見える?」


 相手の神は少し目を細めた。


「うちもやってるよ。今ちょうど。

 別のところで、私の名前で」


「……」


「似たようなもんでしょ、お互い」


 二柱はしばらく、黙って下を見ていた。

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