【手紙.鳴海美雪】
千紗へ。
あなたが生まれて、まだほんの数日しか経っていないのに、どうしてこんなにも長い時間を一緒に過ごしてきたような気がするんだろうね。
小さな、小さな手。
ぎゅっと指を握ってくる力は、びっくりするくらい強くて。
そのたびに、『ああ、この子はちゃんと生きてるんだ』って、胸がいっぱいになります。
あなたは、まだ何も知らない。
世界のことも、人のことも、自分のことさえも。
でもね。
それでいいんだよ。
何も知らないまま、ゆっくり覚えていけばいい。
うまくいかないことがあってもいいし、遠回りしてもいい。
泣いてもいいし、怒ってもいい。
ただ、生きていてくれれば、それでいい。
――なんて言うと、ちょっと無責任かな。
でも、本当にそう思ってるの。
誰かと比べなくていい。
何かにならなくてもいい。
立派じゃなくても、強くなくてもいい。
千紗が千紗として、今日を生きてくれたら、それだけで、私は嬉しい。
もし、これから先。
あなたが誰かに傷つけられたり、自分で自分を嫌いになってしまったりすることがあったら。
どうか思い出して。
あなたは、生まれてきただけで、十分に大切な存在だってことを。
お母さんは、ずっと味方だよ。
うまく言えないけど。
あなたが笑ってくれるだけで、世界が少し優しく見えるの。
だからね。
どうか、優しい子になってください――じゃなくて。
優しくなくてもいいから。
誰かに優しくされたことを、忘れないでいてほしい。
それだけで、人はきっと、また誰かに優しくできるから。
千紗へ。
生まれてきてくれて、ありがとう。
母より
◇
【追記】
この手紙は、本当は千紗に見せるつもりはありませんでした。
だって、こんなことを書いたら、重たいって思われちゃうかもしれないし、恥ずかしいし。
お母さんって、意外とそういうところ気にするんだよ。
でもね。
灯里が生まれて、気が付いたの。
同じように小さな手で、私の指を握ってくるこの子を見ていたら、
あのとき千紗に思ったこと、全部、何ひとつ変わっていなかった。
ああ、私はこの子たちに、ちゃんと伝えなきゃいけないんだって思った。
大事なことって、案外、言葉にしないと届かないから。
だから、この手紙は取っておきます。
いつか、千紗が大きくなって。
もし、自分のことがわからなくなったときに。
そのときに、読んでくれたら嬉しいな。
あなたには、帰ってくる場所があるって、思い出せるように。
美雪。
先生、私、死んでるんですけど 杏樹まじゅ @majumajumajurin
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