【最終章.千紗と依央】

【最終話.結び】

「いってきまあす!」


 或る秋の晴れ渡る日。


 明るい茶髪のポニーテール。

 いつもお気に入りの青のヘアピン。青のヘアゴム。

 スタイルはいい。

 身長は、この前図ったら百六十三だったが、細身なおかげですらりと高く見える。

 胸は――残念ながらあるとは言えないが。


 成城の高級住宅街にある、白いタイルがまばゆい生家を、鳴海千紗なるみちさはいつも通りの時間に飛び出した。


「いってらっしゃーい!」


 後ろの四季咲きの白いバラの生垣から、母親――鳴海美雪なるみみゆきが左手を振って見送る。

 春に産まれたばかりの小さな妹――鳴海灯里なるみあかりを抱いて。


「お母さん、灯里、いってきまーす」


 妹の名前を呼んだ瞬間、胸が少しだけ温かくなった。


 幸せだ。

 なぜか今、とても強くそう感じる。



「鳴海さん? 鳴海さん」


 その日、千紗は不思議な不思議な夢を見ていた。

 内容はよく覚えていないけれど、ものすごい長い夢で、なぜか自分が幽霊になって世界を見ているような夢だったような気がする。


 だから、朝からぼうっとしていた。


「鳴海さん!」


 だから、担任の朝倉恒一先生に何度か呼ばれるまで、気が付かなかった。


「鳴海さんの番ですよ」


 ――そうだ、今は席替えの途中だった!


 慌てて教卓の上の青い箱から、くじを引く。


(お、また窓際か。隣は誰かなー)


 この学校は凡庸だけど平穏な高校だ。

 マンガの女子高とかで見る、スクールカーストとかもない。


 退屈かもしれないけれど、千紗はそこが気に入っていた。


「さて」


 全員引いたところで、朝倉先生が号令を出す。


「番号の席に、机を移動してください」


 がちゃん、と音を立て、皆がそれぞれ自分の好みに合わせてカスタム出来る、自分専用の机を持った時。


「誰が隣でも、仲良くしましょう。仲はいいことがいちばんですから」


 いっしゅん、静まりかえる教室。

 だが、すぐに席移動の騒音がかき消した。

 千紗は、また窓際だ。

 一番前にはなったが。


 はて、となりは誰だろうと待っていると、クラス一気弱な、腰までのロングヘアがとても綺麗な、白石依央しらいしいおが、近付いてくる。


「はい、移動は済みましたね?」


 どうやら、隣は彼女のようだ。

 依央は緊張しているのか、前を向いたままだ。


 あれ。

 なんか、この光景……。


 前にも見たことがある気がする。



『私がもう少しだけ、優しく生きていたなら。何かが。何かが変わっていたのかもしれない』



 千紗は。

 依央のその緊張を、解いてあげたくなった。


「?」


 依央が千紗を見る。

 千紗も依央を見る。


 千紗は一瞬ためらったが。

 それでもなんとか手を伸ばした。


「私、鳴海千紗。よろしくね?」

「? 知ってるけど?」


「あくしゅ。なかよしになる為のおまじない」


「?」


 依央は、なんとも不思議な顔で。

 千紗の手を、取った。


 ふわりと秋の風が教室に吹き込む。

 開いていた教科書のページが、一枚めくれた。



【完】

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