最終話**ふたたびの春**

**ふたたびの春**


「あー。不労所得で暮らしてーなー」

赤城はスチール机の椅子にもたれ掛かり、今年も咲いた満開の桜を見ていた。

数センチ開いた窓から春風が吹き込み、カーテンを揺らす。


「先生、年がら年中そればっか」

ベッドに寝そべり、専門学校のパンフレットを読みながら、緑川は赤城の口癖にうんざりした様子でため息をついた。


革張りのソファでは、いつものように青島がスケッチブックに鉛筆で熱心に何かを描いている。


「いーじゃんかよ不労所得。緑川も…」

その時、ガラガラといささやかましく保健室の引き戸が開いた。


「赤城せんせー、おつかれ~☆」

体育教師の桃井が、ご機嫌に登場した。


「も、桃井先生、お疲れ様です…」

赤城の顔が引きる。

去年の秋に桃井からこってりと絞られて以来、苦手意識を持っているようだ。


「この子ね、ちょっと具合が悪いみたいなの。“よろしくね”」

桃井の若干憂いた視線の先には、両肩を抱かれた、小柄な少女が所在なさげに立っていた。


制服のリボンの色を見るに、1年生のようだ。

怪我はない。熱もなさそうだ。


ソワソワと自信のない様子から、この子一人では来られず、桃井が連れてきたのだろう。

「それじゃ、御機嫌よぅ~!」

そう言い残し、桃井は保健室を後にした。


「ヘイらっしゃいお嬢ちゃん!1年生?あたしは赤城ってんだ。」

「き…き、黄瀬です」

ささやかな春風にさえかき消されそうな声で、少女は名乗った。


「黄瀬な!これからよろしく!あっちは緑川、こっちは青島。ふたりとも3年生だ!」

緑川と青島が会釈する。


「まぁまぁ、とりあえず座れよ!」

黄瀬の背中を優しく押し、革張りのベンチへと促す。


「ちょうどコーヒー淹れようと思ってたんだ。飲み方は?」

「ご…ごめんなさい。コーヒー…の、飲めなくて」


「OK!OK!じゃあホットミルクなんてどうだ?砂糖マシマシで!」

「あ、ありがとうございます…」


「糖尿予備軍、増員ね」

緑川のつぶやきに、青島はクスリと笑った。


電気式サイフォンがゴポゴポと音を立て、ミルクを温めていた電子レンジがチンッと鳴った。


「お前ら~できたぞ~」

ローテーブルに、4つのマグカップ。

ミルクコーヒー、ブラックコーヒー、角砂糖10個入のコーヒーとホットミルクが置かれた。


「よっしゃー!じゃあ4人でUNOでもやるか!」

「う、UNOですか…?」


春風が、ひとひらの花びらを運んでくる。

風にパラパラとめくれた青島のスケッチブックには、保健室での四季の風景画が描かれていた。


季節は巡り、ふたたびの春。

ここは弱虫たちの保健室。

いつだって、誰だって安心できる場所だ。




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弱虫たちの保健室 @K_rice

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