第6話**冬**
【弱虫たちの保健室**冬**】
**冬**
「さってと、お前ら、雪だるま作ろうぜ!!」
「「は?」」
時は2時間ほど前に遡る。
**
窓の外では牡丹雪がしんしんと降っていた。
桜は枝だけになり、どこか頼りなく雪化粧をしている。
「うおお~、さみぃ~」
赤城が両腕をさすって震える。
保健室の中央に置かれた、白いレトロな石油ストーブだけでは、今年の冬は厳しそうだ。
5限目のチャイムが鳴った時、ガラガラと保健室の引き戸が開かれた。
「茜ちゃ~ん、生理超辛いの。休ませて」
2年C組、緑川と同じクラスの
「よう真白。いらっしゃい。ここに上着入れて寝ときな」
赤城は一番端、廊下側のベッドに白石を連れていき、脱衣カゴにブレザーの上着を入れるよう促した。
ところが白石は、ベッドに座したまま俯き、動かない。
そのうち白石の顔面は紅潮し、肩を震わせて嗚咽を漏らし始めた。
「……生理がそんなに痛いわけねーよな。話してみな。嫌じゃなけりゃな」
「ごめんね茜ぢゃん…嘘づいだ…」
「いいよ。そんなこと」
赤城は白石の頭をわしわしと撫でた。
「ウチね、イジメられてんの…そんでね…」
白石は、自分の置かれた状況をとつとつと、時折鼻を啜りながら語った。
「うん…うん…辛いな。いつからそうなんだ?」
「今年の夏くらいから…。その前は別の子がイジメられてた」
赤城は知っていた。白石が緑川をイジメていたグループのリーダー格だったことを。
「……最初は、また別の奴だったんだろ?」
「うん、その子が来なくなって、その子をイジメてた子がイジメられるようになって、今度はウチの番になっちゃった…」
「はぁ…誰でもいいんだよ。そんなもんだ。くっだらねぇよな。クラスなんてよ」
「マジそれ。友達だと思ってたのに…。……実はウチ、最初の子のこともイジメてた…。茜ちゃんは自業自得だって思う?」
「思わねーよ。馬鹿ばっかだなって思うだけだ。なんか飲むか。コーヒー、緑茶、ミルクティー。なんでもござれだぜ」
「グスッ…ミルグディー…」
赤城はインスタントのミルクティーの粉をマグカップに入れると、ケトルの熱湯を注いでスプーンを突っ込み、白川に渡した。
「熱いから気をつけろよ」
白川がミルクティーを飲み終わるまで、赤城は話を聴き、時折自分の話もした。
学生時代、自分のクラスにもイジメがあったこと。
友達の代わりに反撃したら、イジメっ子がイジメられっ子になってしまったこと。
高校時代の友達なんて大人になったら殆ど関係なくなること。
**
「もう帰ったぞ」
赤城はカーテンが閉められた、一番窓側のベッドに向かって言った。
ゆっくりとカーテンが開かれた。
緑川は蒼白な怯えた表情で、指は細かに震えていた。
「くっだらねぇ連中ばっかだよな。学校なんてよ」
「うん…」
緑川はそう言って唇を噛んだ。
「何か飲むか」
「…コーヒー」
「もう淹れてある」
「…ミルク入れてよね」
「もう入ってるよ」
緑川はベッドに座ってミルクコーヒーを啜った。
沈黙が続く中、ストーブにかけられた鍋だけがコトコトと音を立てている。
「…先生はさ、アイツの肩持つわけ?」
「どっちの肩も持つさ。
「最っっ低……」
「お前にとっちゃ加害者だもんな」
「違う。今はアイツも同じ目に遭ってる。私、正直ざまあみろって思ってる。そんなのって、最低じゃん」
「あんま自分を責めんな。そう思ったっていい。お前が、緑川葉子が辛かったことは本当なんだから」
「…ごちそうさま」
そう言うと、緑川はマグカップをシンクへ置いた。
シンクのマグカップを見つめ、赤城に背を向けて緑川は言う。
「先生、私ずっと辛かった」
「…うん」
緑川の目に涙が滲んだ。
「ずっと怖かった」
「うん」
はらはらと涙が流れ、頬を伝った。
「ずっと寂しかった」
「うん」
声が震え、次第に嗚咽へと変わっていった。
「ずっど苦じがった」
「うん」
緑川は赤城の方へ振り向き、抱き着いて胸に顔を埋めた。
赤城も、緑川をしっかりと抱きしめ返した。
「ずっど悔じがっだぁっ!」
「うん…うん」
白石のような自己憐憫の涙じゃない。
ずっとずっと我慢していた、弱虫の悔し涙だった。
緑川は赤城の胸で頻りに慟哭し、赤城はゆっくりと緑川の頭を撫でた。
白衣は緑川の涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れた。
やがて、緑川は少し落ち着きを取り戻したように言った。
「でも、今はそうでもない…。
「うん。そっか。良かったじゃねーか」
赤城はそう言って微笑んだ。
緑川は真っ赤に泣き腫らした目を指で拭い、ズズッと鼻を啜った。
「ごめん。服、ベトベトにしちゃった」
「気にすんな。保健の先生はな、こういう時のために白衣着てんだ」
**
放課後になり、青島がやってきた。
最近は授業中に自傷して来ることも減った。
泣き腫らした緑川を見て、青島はギョッとした。
「ぼ、僕今日は失礼します…」
踵を返そうとした青島に、赤城は声をかける。
「まあまぁ青島!とりあえず駆けつけ一杯のブラックな」
「……ありがとうございます」
赤城に促されるまま、青島は所定の、革張りのソファに座した。
「んで、ブレザー脱ぎな。消毒しないと化膿しちまう」
「!…なんで…わかったんですか?」
「目ぇ見りゃわかるよ。ほら。腕見せな」
青島は言われるがままブレザーを脱ぎ、左腕のシャツの袖を捲った。
自分で巻いたであろう包帯には、薄っすらと変色した血が滲んでいた。
「最近さ、頑張りすぎたんじゃねぇか?」
「…すみません」
「大丈夫だよ。お前は前よりずっと成長してる。あんま焦んな」
青島の処置を終えた赤城は、仕切り直しだといわんばかりに立ち上がった。
「さってと、お前ら、雪だるま作ろうぜ!!」
「「は?」」
このシリアスなムードで?
二人は思わず同時に声をあげてしまった。
「なんで雪だるま?」
「だって雪降ってるしよ」
「…っぷ、あはは。いいよ先生。作ろう」
「はい、作りましょう。雪だるま」
緑川と青島の表情が、たちまち明るくなった。
**
「とはいえ、手のひらサイズのやつだけどな」
赤城が指さす先、外側に伸びた窓額縁に、こんもりと雪が積もっている。
「よいしょっと」
窓を全開にすると、たちまち室内に冷気が流れ込んできた。
雪に洗われた、
赤城は目を閉じ深呼吸をして、冬の清潔さで肺を満たした。
「寒っ!!」
緑川が手で両肩を抱え込む。
「こいつをこうしてだな。」
赤城は積もった雪をおにぎりのように丸め、こぶし大の雪玉を作った。
「こんなもんだろ」
雪玉を二つ重ね、赤城の性格を表すがごとく歪な雪だるま状の物体が出来上がった。
「先生雑過ぎない?あと目とか手とかどうすんのコレ」
「それなら心配すんな!」
赤城は嬉々として机からチラシで折ったゴミ箱を持ってきた。中には、黒いマジックで塗りつぶされたボタンや爪楊枝が入っていた。
「こいつを爪切りでこうやって短く切ってだな…」
「……先生、暇なの?」
緑川が、憐憫とも諦念ともいえない表情で言った。
緑川と青島も、窓額縁から雪を
「うぅっ冷たっ!」
「………」
二人とも、赤城より丁寧に雪だるまを作っていた。
その表情は、高校生にしては幼く、朗らかなように見えた。
ボタンで目を付け、短く切った爪楊枝で眉や口を付けた。
青島が作った雪だるまはその性格を表すが如く、殆ど正確な球体をしていた。
3つの雪だるまは窓額縁に並べられ、窓は閉められた。
「冷たーいっ!」
緑川はストーブに小走りで寄り、冷えた手を温めた。
赤城と青島の二人もそれに続く。
「おお~っ素手でやるもんじゃねぇな」
「先生がやるって言ったんじゃん!」
ストーブを囲み、霜焼けで赤くなった手をかざす三人。
「お、そうだ!お汁粉食わねーか?」
そう言って赤城はストーブにかけられた鍋の蓋を開けた。
甘い香りが漂う。
「…なんで保健室でお汁粉作ってんのよ」
「食いたかったんだよ。餅もあるぞ。焼こーぜ」
赤城はどこからか切り餅も持ってきて、ストーブにアルミホイルを敷いて焼き始めた。
二人はもう赤城が何をしようと驚かなかった。
**
お汁粉で満たされたいつものマグカップの温かさが手に沁みる。
ひとしきり暖をとった三人は、窓の向こうの雪だるまを眺めた。
3つ並んだ雪だるまは、それぞれの性格を表しており、それはまるで三人が寄り添っているようでもあった。
「雪だるま作ったのなんて、何年振りだろ」
「…僕も久しぶりに作ったよ。なんか、楽しかった」
「おお~!お汁粉うめーな!!」
季節は冬。
ここは弱虫達の保健室。
ある者は辛い過去と腕の傷を抱えて。
ある者は厳しい現在と不安を抱えて。
ある者は在りし日の憧憬となれているのか自分を重ねて。
弱虫たちは小さく、小さく、おぼつかず、それでも今日を歩んでいく。
続く
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