カクヨムを利用し始めて約2週間が経つ。
悪友との珍奇な約束から始まった小説モドキの文字書き遊びであるが、これが案外、入院生活での良い刺激となっている。
拙作を世に晒すことは、相も変わらず顔から火が出るほどに恥ずかしい醜態だ。
しかしながら、それが意外にも自らを癒す効果を発揮していることに気が付いた。
私は現在、カウンセラーにかかっている。
カウンセラーは私の言葉を傾聴し、ひたすらに肯定し、私が自分の思いに気が付くような質問を投げかけてくれる。
それは無意識の感情・思考等を想起させる。
私は、この字書き行為も自慰的なカウンセリングなのではないかと考えた。
“書く”という行為の中で、「自分はこれがしたかったんだ」とか「他人にこう言って欲しかったんだ」等の気付きが生まれた。
そして、私はそれらの気付きを拙作に込めた。
つまりそれを晒し、読まれることは、かなり露出度の高い自己開示ということになる。
そんな一方通行の自己開示で、もしも他者が無意識の感情や忘却した体験等を想起してくれたならば、それは読書体験という名の『双方向な自己開示』=『コミュニケーション』が成立したといえるのではないだろうか。
そのように、自己を癒すカウンセリングによって他者にも一種のカウンセリング行為ができるとするならば、できるようになるまで文字を連ねてみるのも悪くはないかと思えてきた今日この頃である。