有象無象怪談

　なんてことのない話である。

　大学進学に伴い学校に近いマンションに引っ越すことになった。

　それなりに落ち着いたマンションであり、他の住民も気のいい人ばかりである。

　特に隣の部屋に住む夫婦の旦那さんの方とは時々立ち話をするようになり。おまけに学生の一人暮らしを心配してか実家から届いた野菜を分けてくれたりと何かと世話を焼いてくれた。

　奥さんの方とは最初に顔を合わせただけでそれほど会うことはなかったものの、綺麗な黒髪の小柄で綺麗な人だったことは覚えていた。ただ、顔を見た際、目の上に瞼が貼り付けられているような違和感を感じた。

　ある日学校から家に帰っている時マンションの前の公園からふと自分の家の方に目を向けてみたところ、隣の家、よくしてくれる旦那さんの家のベランダに洗濯物を干している人影が見えた。奥さんかと思ったものの髪は短い茶髪の長身で以前会った奥さんとは全く違う人物であることは遠目からでもわかった。

　それ以来何人もの女性が家の近くに現れるようになった。

　金髪の女性が洗濯物を干しているのをみたり、ショートカットの女性が部屋に入っていくのをみたり、ある日はそもそも日本人ではない女性が玄関のポストをのぞいているのを見かけた。

　浮気でもしているのだろうか。なんて下世話な想像をしていたものの、女性の入れ替わりの激しさに違和感を感じ始めた。

　ある日、前の公園で旦那さんに会ったので思い切って聞いてみることにした。

　「奥さんって黒髪の背の低い方ですよね？最近違う方をよく見かけるので気になって。」

　そう聞いてみると旦那さんは困ったように笑いながら、

「僕の奥さん日によって違う人に見えるんだよね、気分によって変えてるらしくって僕も本当の姿を見たことがないんだよ。」

　と言っていた。でも旦那さんが話している時、僕は見てしまったのだ。

　僕の部屋の隣の部屋の窓から真っ黒な影の中に真っ赤な歯茎の見える口と剥き出しの眼球ついたナニカがこっちを見ているのを。

　その夫婦は仲のいい夫婦としてマンションで有名である。最近奥さんが妊娠したらしく、旦那さんはとても嬉しそうに報告してくれた。

　どちらに似るのだろうか。