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ㅤメロスって体力あったんだなぁ、と切らした息を整えながらぼんやり思う。全然走れなかった。恐らく私の速度は沈みゆく太陽の1000分の1くらいだった。無理無理。
でも、いつの間にかかなり遠いところまで来ていた。この辺りには来たことがない。ファミレスとか、ゲーセンとか、そういうのがいっぱい私を囲んでいる。それと、「大人の楽園」とデカデカと派手な看板を飾ったショップが見える。多分、ここ、あれだ。アダルトショップってやつだ。近づいて、観察してみる。18歳未満の入店お断りのビラが自動ドアに貼ってあった。ということは、私、入れちゃうぞ。
自動ドアの奥にもう1つ手押しドアがあるらしくて、中の様子はよく見えない。イケナイ方の好奇心が疼く。でも私、見てくれは多分子供だし、入ったら店員に秒で止められる気がする。踵を返す。やっぱり、やめた。
無駄な時間をとっちゃった。現在時刻を見るのが怖い。18年前の私が産声を上げるまで、あとどれ位? 観念してスマホを取り出す。18:01の文字と、友人からの誕生日おめでとうメッセージ。もう、あと10分?それしかないの?
ㅤどうしようどうしようどうしよう。私、無理だよ、なれないよ。なんで、歳をとる必要があるの? 生きるだけで寿命がすり減る。こんなのおかしいよ。嫌だ、嫌だ。怖いよ、助けて、誰か。
全然、おめでたくなんかないじゃんか。お姉さんになるのが嬉しかった10年前に戻りたい。終わって欲しくない、17歳。18:02。また進んだ。慈悲なんて、ないらしい。
もう疲れた。歩きたくない。ちょうどいい所にバス停を発見。隊長、あそこで少々休息をとりましょう。なんて、なにしてんだ、私。馬鹿みたい。ダメだな、正気に戻りかけてる。
くすんだ青色のベンチに腰を下ろした。視界の端に顔の大きなおばさんが腕を組んでこちらを見ているポスターが映る。なんとか党の誰かさん。私は、選挙権を得る。国の未来のために清き一票を投じる権利が与えられる。自民公明共産国民民主維新……あと何があるんだろ。公約とかちゃんと見て判断しなきゃいけないんだよね。私にできるかな。
突然スマホが震えた。さっき誕生日おめでとうって送ってくれた友人から、夏課題終わった? という連絡だった。夏課題、夏課題? 確か、数学と国語は終わって、英語には手をつけてないような。なんだっけ、何かについての作文を200字以上で書かなきゃいけないんだ。あ、そうだ。そのお題は
「What does it mean to be an adult?」
意味は「大人って何?」だったような。一見小学生でも書けそうだけど、かなりの文字数を書かなきゃいけないから深い内容にしなきゃいけない。私は、なんて書こうかな。白紙で提出は避けたい。推薦の話も白紙になっちゃう。でもなんて書けばいい? わかんない。わかんないことだらけ。
大人になったら、忘れちゃうのかな。そんな時には思い出してみようって、某国民的アニメの代表曲の歌詞にあった気がする。大人になったら、何を忘れるんだろう。何を忘れたのかすら忘れてしまったのなら、思い出しようがないな。あのアニメ、最近見てない。今日は水曜日だから、放送は明後日? 土曜日に放送日がズレたんだっけ。まぁ、とにかく帰ったら録画してみよう。
あと残り5分。あと300秒。私の17歳、もういっちゃうのね。時が戻らないのは知ってるけど、やっぱり息が苦しい。ごめんね、ママ。私は心の底から誕生日を祝えないよ。
ツクツクボウシが泣いている。あなた達も歳をとるのが悲しいの? 生暖かい風が優しく頬を撫でる。まるで世界に慰められてるみたい。泣きたいけど、泣けないや。
すっかり茜色になった空は、どこまでも広くて。吸い込まれるって言うよりは溶けそうになる。いっそあの空の一部になれたらいいのに。
私、何がしたかったんだろうか。18歳からの逃亡。こんなタイトルの話の主人公になったと考えてみよう。内容はすっからかんの粗末な物語だ。到底人様にお見せできるものじゃない。うだうだ独りで考えて、独りでイヤイヤしてるだけの、ヘンテコで滑稽で惨めなお話。学びもなければ驚きもない。読者の皆様ごめんなさい。いもしない読者に謝罪してみる。変なの。
綺麗なオチもない。結論もない。大人になるってなんなの? きっと円周率の最後の数字みたいなものなのかも。あるはずだけど、定かじゃない。でも円周率の最後の数字って、123456789のどれかでしょ? ということは9択しかない。大人とは何かの答えはきっと無限にある。それなら世の中の数学者とか、私よりもずっと頭のいい人たちにもきっと証明できやしない。
その人たちに分からないなら、標準的女子高校生の私に分かるわけないか。答えを求めることすら烏滸がましいんだよ、多分。
スマホの電源をつけてみる。18:10。あと何秒だろ。もう、いいよ。私の負け。18歳の自分に捕まっちゃった。さよなら17歳の自分。大好きだったよ、君のことが。
「はっぴばーすでー、私」
18:11。私、成人。18年前の今、きっと助産師さんが息も絶え絶えのママとけたたましい産声を上げる私におめでとうと告げたんだと思う。なんだか、無性にママに会いたくなってきた。
あれ、ここに来るまでどれくらいかかったっけか。15時くらいに家を家を飛び出したから……ざっと3時間くらい? まずい、結構遠出しちゃった。いつもの我が家の夕飯の時間は20時頃。唐揚げ、冷めちゃうかも?
さぁっと頭が冷えていく。走らねば。立ち上がる。そんな時、ちょうど良く最寄り駅へのバスが来た。成人となった私に、神様からのプレゼントかな? なんにせよありがたい。
伽藍としていたバスに乗り込んで、ドアから1番近い席に腰を下ろす。窓にこつんと頭をつけて、外を見た。夕焼けがいつも以上に目に染みる。あ、さっきのR18のお店だ。今度、正々堂々威風堂々、胸を張って入店してみようかな。やっぱ怖いかも。もう少し大人になってからでもいいや。
あ、コンビニ。パツキンお姉さんにまた会えるかな。きっと明日には存在すら忘れちゃうけど、いつか顔を見た時に思い出せますように。
今日のこと、大人になっても忘れたくない。なんでだろ。ただ漠然とそう思った。
誕生日ケーキって、例年通りのママの手作りかな。きっと1と8の形をしたロウソクが中央にぶっ刺してあるんだろうな。私、ちゃんと笑顔で吹き消せるかな。自分の頬をもみもみしてみる。固い。無理かも。
ふくらはぎら辺がジクジク痛む。いっつも運動なんてしないから……。どうせ逃げられない、無駄な抵抗だったのかもしれない。でも、楽しかった、ような。晴れて成人と相成りましたけれども、正直何にも変わってない。
大人の先輩の皆さん、教えてください。どんな景色が見えてるんですか?
もう逃避行は終わったのに、相変わらず脳内でごちゃごちゃ語ってる。一生このまんまな気がしてきた。
大人のなり方がわからない。私、なれる? わかんない。今日の旅の結論は、結論が出なかったっていう結論。何これ哲学?ㅤ
運転手さんが渋い声で到着を告げた。バスってすごいな。あっという間に駅に着いちゃった。これを作った人類ってすごい。私も賢くなりたい。今の時刻は……うん、これなら間に合うかも。
ㅤジャラジャラ小銭を支払って、ありがとうございましたって小さく言って、駆け足で降りる。
ようやく、ちょっとだけ涼しくなってきた。夏、終わるの? そしたらまた秋になって、冬になって、春になって、夏になる。来年の夏、私って何してるんだろ。
やっぱり未来について考えるのは、怖い。想像してみる。やっぱりぐにゃぐにゃしてて、大阪万博のマスコットみたいな形状になってきた。やめよ。今日のところは勘弁してあげる。一刻も早く帰ろう。またジャラジャラ小銭を支払って切符を買って、小走りで改札を通った。
ㅤ私の抵抗、これにて終幕!
ㅤ
18R 野々宮 可憐 @ugokitakunaitennP
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