代行

 俺は矢逃さんの今の奥さんの勤めていた店(所謂いわゆる、夜の店であり裏を取るのは簡単であった)に行き、元同僚に直接取材を試みた。こういう時は普段、地方取材をしている時に培った手練手管がとても役に立つ。


 店は簡単にみつかった。その小さなスナックは、この夏の盛りにも関わらず、何故かエアコンが入っておらず、雑居ビルの奥でドアを開けたままで営業をしているようだった。

 スナックに置いてある酒としては違和感の多いラフロイグを、数杯オーダすることで、その元同僚の口は簡単に緩くなり、あっさりと矢逃さんの奥さんと連絡を取ることが出来た。一杯が米5kgと同じ値段だったことにはこの際、目をつぶろう。


 ───そう。彼女は矢逃さんから逃げて失踪はしていたが、変わりない日常を送っていたのだ。矢逃さんには決して居場所を言わないことを約束に、快く彼女は電話に出てくれた。


「それじゃどうして奥さんは逃げたんですか?」

「そんなのアレに攫われたからに決まってるじゃない。ウチはガキの頃から色々と荒れてたからね、男に囲まれてそのまま拉致られるのなんてとっくに経験済みなの」


 奥さんは北関東の訛りをまるで隠そうともせずに、初めて会話する俺に電話口でイキリはじめた。調査した時に入手した写真では、黒髪ロングの似合う清楚な女性、という印象だったが、本当のところの正体は、この語り口で充分に察しがついた。


「えっ?そのアレって人間ですよね? もしかして宇宙人とかを……その、見たんですか?」

「見たけど中身は見てない。ウン、見た目は眼が光ってるだけの普通の男だったよ。まあただの変装だろうね。昔ヤンチャしてる頃に拉致られた相手は、片手に鉄パイプ持ってたけど、今回のは何も持ってないからね、ひとまず殴られる心配もなさそうだったから言ってやったんだ」


「な、なんて?」

「そりゃあ、 ”ウチになんのようがあんだよ”、ってことを言ったのさ。したら ””、 ”” とか、わけわかんないことそいつ言い出して。

 もうこの時にアタシ悟ったのさ。こりゃあ、ウチはあいつに売られたんだ、って。とはいえウチも生憎と、眼が光るような胡散臭い奴に、黙って監視なんてされるタマじゃないからね。言ってやったのさ、 ”” って」


「そしたら奴の眼が、ぴかーって強く光って気がつけば、自分のベッドに寝てたってわけ。わけわかんないけど、ひとまず助かったんだなー、って。いやー、ウチも宇宙人にメンチ切ったのは初めてだよ」


「それって、奥さんのほうも旦那さんを売った形になってしまうかと思うのですけど、それは大丈夫なんですか?」

「あぁ?それはもうあいつの方は大丈夫だと思うよ? ウチがあの人の金目当てで付き合ってたのは、わかってたと思うし。詳しくはわかんないけどもう5、6回は離婚してるでしょ、あいつ。相手が若ければ、どうでもいいんだよ。下半身の方も下手くそだったしね」


 会話の最後の方はすっかり矢逃さんの悪口になってしまっていた。

 正直、彼女の言っていることが本当だとはとても思えなかったし、地方のヤンキーがよくするような、根拠のない武勇伝、荒唐無稽な自慢話なのだろう。


 ***


 数日後、俺達は約束していた日に、再び矢逃さんの元を訪れた。


 初訪時には気が付かなったが、玄関横に積まれている弁当のゴミは、よくよくみれば、上場園の高級焼肉弁当であったりと、安アパートに似つかわぬものを食べているようであり、実は金持ち、というのも頷けた。ただし、先々週からゴミ捨てには行っていないようだが。

 

 取材では、その後のUFOの様子を聞き流しつつ、俺はずっと気になっていたことを幾つか質問してみることにした。


「奥さん、出ていかれてしまったのですよね?失踪届とか出されましたか? 警察にご相談とかは?」

「そんなの恥ずかしくて出来ませんよ。ただでさえ近所からは女の出入りが多い男だと思われてるみたいですし。近所でも取材されてましたよね?知ってますよ」


 どうやら近所で裏取り取材をしたことが、どこからかバレてしまっていたらしい。少し気まずいが、取材の中ではよくある話である。だが最早、この程度で気後れする俺ではない。


「奥さん、どこにいったか心当たりとかは無いですか? こちらでも探してみましょうか?」


 俺は矢逃さんの反応をみるために、その気のないカマをかけた。

 すると、すっ、と矢逃さんの目の色が薄くなり、目の焦点がこちらの顔に合わなくなった。眼光の薄さに反して、矢逃さんはより強い声で、こちらに一方的に話しはじめた。


「彼女、もうみつからないと思いますよ。

 彼らにチップを埋め込まれて、1ヶ月ぐらい監視されてしばらくすると、誘拐されてしまうのかなんなのかわからないけど、失踪してしまうんです。

 いつものように妻の方を監視してくれ、って彼らには言いましタ。だから、来週にはもういないと思いまス」


 話しているうちに、明確に矢逃さんの様子はおかしくなっていった。目の焦点があっていないまま声を荒げ、前後の脈絡が無い話を延々と続けている。俺は警戒しつつ、矢逃さんの話に調子を合わせる形で、質問を続けた。


「チップ?マイクロチップ? 彼ら? 一体何を言ってるんですか?」

「私!もともと宇宙人と会話できるんです。ほら、僕が攫われたら、UFOの監視ができなくなってしまうじゃないですか? だから寄ってきた女を紹介してたんですよ」


 会話の潮時であった。

 『彼ら』と会話していることを話の前提に、マイナーな専門用語を連発する矢逃さんの目は、もう俺達のことを見ていなかった。不本意だが帰りの挨拶の返事も貰えないまま、俺達はそっとアパートを離れた。



 翌週、俺達は再び、約束した日時に矢逃さんの元を訪れた。

 だがアパートには既に人の気配はなく、その後の連絡も途絶えてしまっている。我々の仕事である企画も、中途半端なところで止まってしまったので、残念ながらお蔵入りとなった。持ち出しでかかった費用は丸々赤字である。UFOの映るくだりだけは、どこかの編プロが買い取ってくれたとその後聞いた。


 その後、少し心配になり、矢逃さんの妻にも再び連絡をとってみた。

 なんでも、また例のスナックで働き始めたらしい。以前、エアコンを修理してくれた常連さんが、突然店に来なくなってしまって困っている、と言われたがそんな暇も義理もない。やめておく。

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UFOより祟るもの かたなかひろしげ @yabuisya

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