UFOより祟るもの

かたなかひろしげ

失踪

「なんだかよくわからないけど、その矢逃さんって人が、今回の取材のターゲット?」

「今回のは長期密着だよ。なんでもUFOが呼べるらしいおっさんが相手だ」


 連日連夜の編集作業に些か辟易し始めていた俺達は、オールで締め切りに間に合わせた後、仮眠を昼まで済ませ、近所のうどん屋のこってりしたうどんに舌鼓を打っていた。


「うわ。またオカルト案件」

「うわとか言うなよ。ウチの事務所の半分はオカルト取材で成り立ってるんだ。地方の地味なドキュメンタリー撮影だけでは食べていけないんだから、こういう案件も好き嫌いせず食べないと、な」


 俺達は簡単に撮影機材をまとめると、問題の矢逃さんという男のもとを訪れた。安アパートの2階にあったその住まいは、室内こそ小綺麗にしているものの、玄関横を見れば食べ終えた弁当のゴミがうず高く積まれており、少なくとも一週間はゴミ捨てをサボっているようだった。


 この手のオカルト系の人は、会話が難しい人も多いのだが、その例によらず、人懐っこい笑顔で前向きに接してくれる矢逃さんの取材は、実に順調に進んだ。事前のヒアリングで細かい事情は抑えているので、矢逃さんの人となりの撮影は程々に、それではUFOが来る瞬間を抑えよう、という話になった。


***


「ほらっ、いまっ!」


 夜間の撮影は矢逃さんの6畳部屋の窓から行われた。やり方はシンプルで、深夜の25時に矢逃さんが窓から外に向かって手を振る。そうすると、窓から見える夜空に、遠く光るものが見える、というものだ。


「はい。みえました」


 確かに矢逃さんの言う方向に光の玉が現れて、突然消えた。



 ───正直なところ、絵としてはものすごく弱い。


 我々も最初から訝しんではいた。決まった時間に、決まった方向に光が現れる。となれば、原因は幾つか考えられるからだ。簡単なものからいえば、それは定時に飛行する飛行機の光であったり、町中の何かの強い光が雲に反射しているだけであったり、といった例が思い浮かぶ。


 光が姿を消すと、我々は話題を変え、この現象が起きはじめたきっかけについて尋ねてみることにした。


「それで、今の奥さんがその、居なくなられてしまってからというもの、矢逃さんがUFOを目撃し始めるようになったんですね」

「はい。お恥ずかしながらまた逃げられてしまったみたいでして。とはいえ、その、毎晩の日課であるUFO観察の方も止められないでいたら、その晩からUFOも呼べるようになったことに気が付いたんです!」


 少し興奮した矢逃さんが、胸の前で拳を握り、一週間前の話を力説している。

 奥さんが逃げたらUFOも呼べるようになった?

 果たしてそんな奇妙な話を鵜呑みにして良いものだろうか。


 俺も長年、この業界で取材を飯の種にしている男である。露骨に嘘の気配がする話には、感度が高かった。しかし矢逃さんの話からは、そういった嘘の気配は感じられない。少なくとも矢逃さん本人も、UFOを呼ぶ力は奥さんの失踪がきっかけだと固く信じているような言いっぷりであった。彼の中では嘘は無いのかもしれない。


 これ以上は有力な話は引き出せそうもなかったので、ひとまず矢逃さんの普段の様子を聞いてみることにした。

 勿論、取材前に簡単な身辺調査はさせてもらっている。彼がもう4回も離婚を経験していること、少しプライベートに突っ込む話にはなってしまうが、何故そんなに何度も奥さんに逃げられてしまうのか、といった話を聞いておかなければいけないと思ったからだ。


「いやあ、もうお察し頂けたかと思いますが、私がこんな感じでUFOのことばかり朝から晩まで考えて、宇宙人との会話に夢中なので、 逃げられてしまうんです」

「UFOのことばかり考えているのに、その……女性とお付き合いできるのはどうしてなんですか?」


 宇宙人との会話は妄想であろうから聞き流すとしても、UFOのことだけ考えているのに次から次へと女性とは付き合える、という矛盾した話に、俺はすかさず喰い付いた。


「あぁ、それは。金ですね。金。実は親の遺産で持ちビルが2本と、それなりの資産がありまして。だから、その、まあ簡単に言ってしまうと金目当てで寄ってきまして。もうそこら辺は私も達観してて、金持ちなのも自分の魅力なのだと受け入れてます」

「そ、そうなんですか……」


 我々は地方の問題を取り扱うドキュメンタリー撮影を得意とした事務所で、オカルトの取材にかこつけて、こういった地方特有の問題を聞いて回ることにしている。

 今回のケースは地方ならでは、という話ではない。だが、金さえあれば女をとっかえひっかえして、趣味にだけ没頭していても構わない、というメンタリティには問題意識を持たざるを得なかった。


 とはいえ、私的な感情を仕事に絡めるのはご法度である。

 こちらからの若干失礼な、答えにくい質問にも関わらず、内心を包み隠さず答えてくれた(ようにみえる)矢逃さんへの対応を突然変えるのは、礼節に欠けている。俺達は変わらない態度で取材を続けることにし、また翌週訪れるアポを矢逃さんに入れて、その場を後にした。


***


 事務所に戻り、やはり心のどこかで何かがひっかかることがあり、矢逃さんの話の裏取りをした。調べてみると、確かに戸籍上は今も結婚している相手がいることがわかった。住民票も、夫婦二人で登録されている。嘘はつかれていない。


 しかし俺にはそれ以上にひっかかる点があった。


 注目したのは、全ての離婚において、相手が失踪している点だ。財産目当てに離婚するのであれば、別居してから裁判を起こせばいい話だ。完全に失踪する必要などどこにもない。

 なによりこれで4度目の婚姻関係である。いくらモテるからといっても、少し多過ぎはしないか? 近隣住民に軽く聞き込みをかけてみると、正式な婚姻関係にない、所謂、内縁の妻と呼べる関係の女性はもっと付き合いが多かったらしい。


 ───そして、それらの女性全てと連絡がつかなくなっている。


 もしかしたら俺達はなにか闇深い話に首を突っ込んでしまったのだろうか?


 しかし、取材屋としてこの件から逃げるというのも、あり得ない選択肢であるように、この時の俺達には思えたのだ。

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