第十四話『手探りの探索』

「ヌルくん! スタンプの位置がGPSで見れるよ。一つはここから近いみたい!」

 ケータイで色々と調べてくれていたメアリーが、顔を輝かせながらヌルの方を向いた。

「ホントか⁉︎」

「うん! ここから三百メートルくらいだって!」

 いつの間にか耳だけでなく尻尾まで隠さなくなっていたメアリーの後を追いながら、途中でヌルはふと思い立ってメアリーの名を読んでみた。

「なぁメアリー」

「はい、メアリーです!」

 元気よく返事をしつつも前を向き続けるメアリーに、ヌルは思い切って聞いてみた。

「この試験の移動中に、ケータイの使い方を教えてくれないか?」

 メアリーは立ち止まると、ヌルの方を向いてまるで迷っているかのような素振りを見せる。

「やっぱり、ダメか?」

「ダメ……じゃ、ないけど」

 先ほどジャスミンがほぼ全て倒してしまったせいか、まるでメアリーの答えを急かすかのように森はしんと静まり返っている。

「……私、イヤな子だ」

 俯きながら吐き捨てたメアリーの表情は、いつになく辛そうなものであるようにヌルには見えた。

「メアリー?」

 ヌルが話しかけると、メアリーは慌てて顔を上げる。

「あっ、ごめんね。ケータイの使い方だよね? 大丈夫、ちゃんと教えるよ!」

 いつもより少し笑顔に元気がなく、それが作っているものであることを見抜くことはヌルにとってそう難しくなかった。

「メアリー。いま無理してるだろ?」

 ヌルの言葉を聞いたメアリーの耳がピクッと動いて、すぐに力なくしなだれた。

 尻尾もだらりと垂れ下がり、メアリーの気分が落ち込んでいるというのは疑いようもなかった。

「無理なんて……してないよ」

 昨今では少女漫画でもしないようなあからさまに目を逸らすメアリーの様子には、ヌルも思わずツッコミを入れずにはいられなかった。

「なんでそんなすぐバレるような嘘つくんだよ⁉︎ 耳は萎れてるし、尻尾も元気がないからすぐ分かるぞ⁉︎」

 ヌルがメアリーの耳を指差しながら指摘すると、メアリーは叱られた子供のように目を伏せた。

「確かに獣人は耳や尻尾に感情が出やすいけど……うち、そんなに分かりやすかった?」

「俺じゃなくても、ペット飼ったことある人とかならすぐ分かると思う」

「うっ、その表現はなんか複雑な気分かも」

 渋い表情をするメアリーに、ヌルは表情を和らげて再び問いかける。

「とにかく、辛い時はちゃんと教えてくれよ。俺たち友達だろ?」

「友達……」

 まるで予想していなかったとでも言うように、目を見開いて、何度も友達という言葉を口の中で唱える。

 そこまで驚かれると思ってなかったヌルは、内心かなりショックだった。

 ヌルの中ではメアリーはすでに友達だったし、何よりヌルにとっては初めての同年代の友達だったのだ。

 だからこそ、その迷うという反応はヌルのトラウマを想起させることになる。

「やっぱり、俺ってそんなに頼りないか?」

 実際のところ、ジャスミンと戦えるほどの実力を持つメアリーならば、ヌルはむしろ足手まといだと言える。

 なんなら村の外についてもメアリーの方が詳しいし、ヌルが一人でできることなど何一つない。

 メアリーはツインテールを左右に振り乱しながら、大きく首を横に振った。

「そうじゃないの! 何もできないのは、私の方……だよ」

 胸元で拳を握りながら、メアリーは俯いた。

「私には、生き物を殺すことだけしかできないから……」

 それを聞いて、ヌルは思わず呟いてしまった。

「メアリーは凄いな――」

「何、が?」

 メアリーが怯えるような顔をするのを不思議に思いながら、ヌルは続ける。

「だって、メアリーは既に人を守ることができるのに、まだ自分でできることを増やしたいと思ってるんだろ?」

 楽天的、とも言えるほどの笑顔を浮かべるヌルに対して、メアリーはぽかんとした間の抜けた顔をしている。

「それって、凄いことだと思うんだよ。誰にでもできるようなことじゃない」

 それを聞いてメアリーはため息を一つ吐くと、くすくすと柔らかく頬笑んだ。

「何で笑うんだよ⁉︎ 俺、今そんなおかしなこと言ったか⁉︎」

「だってヌルくんを見てると、自分のことで悩んでるのがバカみたいに思えちやったんだもん」

「じゃあ、メアリーは結局のところ、何に悩んでたんだ?」

 メアリーの不安は、ヌルにケータイの使い方を教えてしまうと、ヌルはもう戦闘以外で自分を必要としてくれなくなるんじゃないか? というものだった。

 だがヌルの様子を見れば、それが杞憂であったことは疑いようもない。

「ないしょ」

 メアリーはヌルに軽くウインクしてみせる。

 普段は内気なメアリーの意外な仕草に、ヌルはドキッとした。

 そんなこともつゆ知らず、メアリーはケータイを開いて、スタンプ台との距離を調べ始める。

「スタンプ台は、ここから百五十メートル先だって!」

 スタンプ台の方角を指差しながら、メアリーがそう言った瞬間、ヌルは目を輝かせ始める。

「本当か⁉︎ なら競争だ! 俺が勝ったらちゃんとケータイの使い方教えてもらうからな!」

 そう言い終わる頃には、ヌルはスタンプ代の方角目掛けて走り始めてしまっていた。

「あ! ヌルくんずるい!」

 そう言いながらも、メアリーは軽やかにヌルを追い抜いて、最初にスタンプ台まで待つ余裕がある程度の距離が空いていた。

「俺の負けか〜、でもスタンプは先に押させてもらうからな!」

 そう言ってヌルは震える手でゆっくりとスタンプを押した。

「よっし! かなり時間かかっちまったけど、ようやく一つ目のスタンプだ!」

 そんなヌルの姿を、メアリーは微笑ましそうに眺めている。

 だが勝負に勝ったので、結局ヌルにケータイの使い方を教えなかったのは、また別の話。

 

 ――試験残り時間、二時間。


 to be continued

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Absolute∞Zero~ステータスALLゼロの俺は、人生一発逆転を狙って冒険者を目指す~ 北上悠 @rua_rua_

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