第十三話『二枚舌』
スタンプカードを首から下げたジャスミンが、まるで遊園地にある迷路のゴール地点のようにお疲れ様でしたと書かれたゲートの下を通った。
「ジャスミン=ラヴ、合格!」
第一次試験の試験官、
(なるほど。先に試験に合格すると、自分より後に到着した合格者の名前を知ることができるのね)
なんとも意地の悪い試験だと思いながら、ジャスミンは近くにある木の幹に体を預ける。
「驚いたなぁ。まさかあの魔物の群れを突破できる人間がこんなにいるなんて思てへんやったわ」
キョオト特有の訛りでそう言ったのは、背中に弓を担いだスーツ姿の男だ。
市松人形のように切り揃えられた緑色の髪、蛇のように細い目つき、だが貼り付けたような笑みが僅かに不気味に見える。
「突破するだけならそう難しくないわ。むしろ、魔物の群れを避けるだけの実力もないのに認定試験を受けに来たのがバカなのよ」
「お姉さん、派手なドレスに似合わず、意外と冷たいこと言い張るやん」
今回の魔物の密集度はジャスミンから見ても、誰かが仕組んだと言われてもおかしくないほど魔物が一つの場所に集められていた。
「そうかしら。見てるだけで何もしなかったあなたよりは、私の方が有情だと思うけど?」
「それは確かにお姉さんの言う通りやね、こりゃ一本取られたわ」
そう言って、男は道化師のように大袈裟な仕草で肩をすくめた。
「あなた、本当に口だけは達者ね」
不愉快そうに顔をしかめながら男を睨みつけるジャスミンとは対照的に、男はその不気味な薄ら笑いを崩す気配はない。
「自分みたいな営業マンは、喋るのが仕事やったさかい、自然と身に付いてもうたんよ」
ジャスミンはそんな男を無視して、残りの参加者に目を向ける。
参加者は大きく分けて、イベント用テントの下には傷だらけの参加者数人が寝かされている。
その様子を見るに、スタンプを集めていようがいまいが、これ以上の試験の続行は不可能だろう。
そう言う意味では和風の戦闘装束に身を包んだ忍者と、ジャスミンの目の前にいるこの元営業マンを自称してる男以外の合格者はいない。
「それより、お姉さんはどうやってあの魔物の群れを突破したんや。僕にだけ少し聞かせてくれへん?」
ジャスミンはクスクスと嘲るように笑うと、スーツの男にダンスを申し出るように手を差し伸べた。
「あなたがどうやって一つの場所に魔物を集めたのか、先に教えてくれたら答えてあげる」
「お姉さん。まさか脱サラしたばかりの元営業マンに、そんなことできると本気で思とるん?」
ありえないといった様子で、ジャスミンの予想を鼻で笑った。
「ええ、もちろん。人を集めるのだって営業の一つですもの」
「……はぁ、この話はやめやめ! 僕おしゃべりやから、これ以上やったらうっかり余計なこと喋りそうで心臓に悪いわ」
ハハッと乾いた笑いを溢した男を、ジャスミンは今までで一番鋭い視線で睨みつける。
「できることそのものは否定しないのね?」
細い目を睨みつけるように開きながら、スーツの男はワントーン低い声で答えた。
「否定せえへんよ? だって――こっちのスキルが分からない方が、不気味で手ぇ出し難いやろ?」
そう言ってスーツの男は、ほなと一言残してジャスミンから離れた。
「とんだ二枚舌ね……やられたわ」
スーツの男の言葉は、大半が嘘である。
営業マンと言っていたのも嘘、ジャスミンのスキルを知らないのも嘘だ。
もちろん、ジャスミンがそう考えるには理由がある。
今この場所でスーツの男をジャスミンが攻撃した場合、試験官に阻止されるか、最悪ジャスミンの方が殺される。
その状況でなら、お互いに嘘の能力の情報を交換しあって人柄を観察した方がいい。
それをしないのは、向こうにジャスミンと心理戦をするメリットがないからだろう。
理由はいくつか考えられる。
まず一つは、相手が緊張感や焦りに耐えられずに退いた可能性。
ありえなくもないが、あの二枚舌に限ってはありえない。
そこで浮上してくるのが、ジャスミンの戦闘を観察していたか、事前にケータイからステータスを調べて能力を知っている可能性である。
この場合も、向こうが心理戦に乗るメリットはない。
他にも考えれば考えるほど可能性は出てくる。
つまり――このスーツの男は、今の些細な会話だけで情報戦における圧倒的な優位性を確立したことになる。
「何が営業マンよ、どう考えても情報戦のプロじゃない」
そんな忌々し気な顔で睨みつけるジャスミンを意に解することもなく、スーツの男は木陰で鼻歌混じりに爪やすりで指先を整えている。
その姿はまるで、一仕事を終えて満足そうなようにもジャスミンには見て取れた。
to be continued
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