叫び
まさつき
実話怪談
通りすがりの親子連れ。幼い子が泣き、母親が金切り声を上げ、父親が声を荒らげる。そんな光景に出くわすたび、かつて暮らした町での隣人たちを、私は思い出してしまう。
昔、私が住んでいた家の隣人の土地が相続で売りに出された。広い敷地は分譲されて、ほどなくして二軒の家が建った。私の親世代の住人が亡くなることが増えた時期で、住居も次々に建て替わった。隣家以外にも近所の古いアパートが新築され、多くの地域住人が入れ替わる最中だった。
やがてやっかいなことが起き始めた。新たな隣人一家二軒のうち、一方の家族にである。毎晩毎晩、女の叫び声が聞こえてきたのだ。尋常ではない声だった。
仮にS氏一家と呼ぼうか。S氏一家は、聞こえる声からすると夫婦と娘の三人家族であるらしい。夫が声を荒らげ、妻は怯え、娘が悲鳴を上げていた。
「やめてーっ!」「お願い……」「ギャーッ」「怖いことしないで……」などと少女が叫ぶ。もしや性的虐待ではないかと、私は疑いもした。
だが私よりも恐ろしく感じていたのはもう一方の新しい隣人、Mさん一家であったろう。古株の住人である私の元へ相談しに来た。さすがの私も不憫に思い、二人して警察に相談をした。
警察がどう対応してくれたのかは定かではない。とにかくしばらくして、S氏一家はどこかへ去ってしまった。Mさんによれば、夜逃げ同然に消えたらしい。半年ほど続いた叫び声は、その日を境にぴたりと止んだ。ようやく、閑静な住宅地の夜に平穏が戻ったのだ。
だが事はそれだけではない。もうひとつ、不可解なことが起きていた。
実は建て替えられたアパートの新住人の一室からも、子供の泣き声や叫びが絶えなかったのだ。こちらは親が厳しすぎるのか、小さな男の子の声で「僕じゃない」「違うの」「お家に入れて」などと、
S氏一家が去って以来、男の子の叫び声はぴたりと止んだ。なぜか子供の声はすっかり朗らかになり、楽し気な笑い声だけが届くようになっていた。
いったい二つの家族には、なにか繋がりがあったのか。
「お願い、怖いことはもう止めて」――立ち去った一家の娘の言葉に、私は違う意味を感じていた。
だが。いずれにしろ関わるべきではないと、私は知らぬ顔を通した。
私は他人、ただの隣人に過ぎなかったのだから。
〈了〉
叫び まさつき @masatsuki
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