第3話 ダイチョ
はじめて大腸検査をしたときのこと。
たしか前日の準備は通常の人間ドックや胃内視鏡検査と同様に夜9時までに夕食を採る、それだけだったと思う。
問題は当日の準備だ。
当然、朝食は抜きになるのだけれど、代わりに下剤を飲むことになる。
ぼくは子供たちを学校へ送り出したあと、早速その準備に取り掛かった。
あらかじめ医院から渡されていた「マグコロール散」と書かれた容器に水を注ぎ、全力でシェイクすれば完成だ。
容器は透明で柔らかいプラスチック製。洗濯用液体洗剤のでっかい詰め替えパックみたいなのを想像してもらえれば良いだろう。
規定量まで水を注ぐと、1.8Lもの下剤ができあがる。
それにしても・・・その量に圧倒される。
それはまさに水分の暴力であった。
いや、麦茶やスポーツドリンクなら頑張れば1.8Lぐらい容易く飲める。ただ、下剤と名付けられた液体を1.8L飲み干すのはなかなか勇気が要る。
とはいえ。
何もこれを一気飲みしろと言われているわけではない。
200mlずつ分けて飲めばいいらしいので楽勝だ!
・・・ぜんぜん楽勝じゃなかった。
微妙にポカリスエットに寄せた(寄せきれてない)味の飲み物を10分おきにコップ1杯分飲み続けるのって意外としんどい。
2杯目でもう飽きた。あと何杯? 7杯?
うええ。
ところが。
まもなくそうも言ってられない事態となった。
これは下剤である。ちゃんとお腹を下すのである。
「はうっ!?」
便意はとつぜんやってきた。
そういえば。
下剤に怯えるぼくにお医者さんはこう言ってくれたんだ。
マグコロールは刺激の少ないマイルドな下剤ですからね、心配しなくても大丈夫ですよ……と。
騙ーさーれたー 騙ーさーれたー
先生、マイルドの基準おかしいです。
冗談抜きで、便座にすわった態勢のまま噴射の反動で飛ぶかと思った。
いや、若干浮いた気もする。おそらく人類初だ。
以後はもう飲む→出す→飲む→出す……のループだ。
もう、卵が先か鶏が先かみたいな感じ。
こうして、やっとの思いでぼくは1.8Lの下剤を飲み切った。
しかし、もちろんこれで終わりではない。ようやく準備が終わっただけである。
いや、正確に言えば準備も完全には終わっていなかった。
いまだぼくのお腹は不穏な動きを見せており、少しの油断もならない状況だったのである。
本来であれば、お腹の中のものを全部出し切って落ち着いてから医院に向かう段取りになっていた。急ぐ必要はないのだ。
ところが。
折悪くその日はヨメが出勤で、子供たちは短縮時程で早く帰ってくることになっていた。
子供たちには家のカギを持たせていなかったので、下校してきたときには家で迎えてやらねばならない。
そこから医院への往復時間、大腸検査の時間を引いて逆算すると、今すぐにでも家を出なければならない。
ははは・・・無理だ!
お腹ピーピーだぜ?
大腸検査では鎮静剤を使うので、車や自転車では来院しないでくださいと言われていた。だが徒歩だとどう頑張っても10分はかかる。
一方で、ぼくのお腹に渦巻く邪悪な便意は5分ごとに爆発する。どう考えても無理だ。
仕方ない。自転車だ。復路は押して帰ってこよう。
ところが。
もうなんか、あまりにトイレ行き過ぎて、座ると条件反射で便意を催すようになってるんですよ。
一体・・・俺の身体は・・・どうなっちまったんだ!
サドルに座れないんです。
そこで考えました。
肛門に蓋をするように、サドルの先端に座れば良いのでは? と。
おお、鬼才現る。
もう、全然無理。
座った瞬間に「ふぉーい」みたいな変な声出た。
肛門に刺激を与えるのは危ない。黒ひげ危機一髪みたいになるところだった。
結局、時間ギリギリまで自宅で粘って、刺激を与えないようにゆっくり、ゆーっくりと徒歩で医院に向かった。
腰の位置が一切上下しない古武道みたいな動きで。
たださすがに医院に到着する直前は、生まれたての子鹿みたいな動きになっていたけれども。
検査自体は鎮静剤で寝ている間に終わった。
オットのようすもおかしい 志乃亜サク @gophe
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