概要
“書く意味ない”って思ってたけど、意味はあとから付ければいい
なんでこんなに時間かけて書いてるんだろう――って、正直最近よく思います。
作品は読まれない、ブクマは二桁止まり、感想ゼロ、ランキング圏外。
それでも「いつか書籍化できたら…」なんて、都合よく夢見てた自分がちょっと恥ずかしい。
冷静に考えれば、他の趣味に時間を回した方が、よっぽど満足度が高いのかもしれません。
積んでるゲームもあるし、アニメも観たいし、睡眠もしたい。
だけど、頭の中でキャラが喋りだすと、やっぱり書いちゃうんです。
何かの役に立つわけでもない、誰かに感謝されるわけでもない。
でも、それでも書いてしまう。
今回はそんな、「創作する意味がわからなくなった人」のために書いた、迷子の記録です。
同じように悩んでいる人に届いたら、それだけでちょっと救われる気がします。
作品は読まれない、ブクマは二桁止まり、感想ゼロ、ランキング圏外。
それでも「いつか書籍化できたら…」なんて、都合よく夢見てた自分がちょっと恥ずかしい。
冷静に考えれば、他の趣味に時間を回した方が、よっぽど満足度が高いのかもしれません。
積んでるゲームもあるし、アニメも観たいし、睡眠もしたい。
だけど、頭の中でキャラが喋りだすと、やっぱり書いちゃうんです。
何かの役に立つわけでもない、誰かに感謝されるわけでもない。
でも、それでも書いてしまう。
今回はそんな、「創作する意味がわからなくなった人」のために書いた、迷子の記録です。
同じように悩んでいる人に届いたら、それだけでちょっと救われる気がします。
おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!多くの人はその壁にぶち当たる
おそらく、共感を覚えるカクヨムユーザーはごまんといらっしゃることでしょう。
言ってしまえば、趣味の延長上にある創作活動というジャンルは、腹の足しになるわけでもなければ社会インフラのように生活に必須の存在というわけでもない、極論「世の中になくても成立するもの」、「無駄なもの」です。
しかし、そんな「無駄なもの」を楽しむことができるというのは、非常に幸せなこと。
余暇があるということですからね。
その上で、自身が評価されるようなことにでもなれば、承認欲求が満たされ、自身の肯定感が高まります。
元が余暇を楽しむことに起因するので「なんか書いた」だけでも一定の欲求は満たされるのですが、そこから更に…続きを読む