まるで『機械』のようだった彼。でも、そんな彼の心にあったのは……

 読後、「彼」がどんな想いで生きてきたのか、色々と想像をめぐらすことになりました。

 物語は一人の男が死んだところから始まります。
 蓑田潔という、「機械的に物事をこなす」ような特性のある男。

 バンドとして「売れる」ことを第一に掲げ、技術はあるが、どうも「魂」みたいなものが感じられない音楽をやる。
 「クラーケン」のバンドを実質的に乗っ取る形を取り、独裁的に彼の「正しい」と思う音楽をバンドメンバーにもやらせることになっていく。

 「音楽は容量よくパクリをやれば売れやすい」というのを法則として読み取り、それで一時的には成功も得る。
 音楽はあくまでも立身出世の道具であり、金を稼ぐための道具である。何かやりたい音楽があるわけではないのか、という「芯」がなく、いわゆる「人間性」が希薄な彼。

 ……それが、バンドメンバーたちの見ていた「蓑田」という男だった。

 読者もそこで読み取る中で、「こういう人、本当にいるんだろうな」と共感することに。ネット小説などに触れていると、たしかに「うまくヒット作を切り貼りして成功を掴んでる奴もいるんだろう」とか連想させられますし、そういうことを恥ずかしげもなく実行できる人間に対し、軽蔑に近い念を抱きたくもなる。

 けれど、物語のラストで「そのイメージ」が一変します。

 「彼」という人間の素顔が垣間見え、切ない気持ちになりました。彼は「機械」なんかじゃなかったし、「芯のない男」などでもなかった。

 どんな苦悩を抱いていたんだろう。どれだけ葛藤したんだろう。その果てに、彼は命を落とすことにもなったんじゃないか。
 どこで歯車が狂ってそんな結末になったのか。どこで軌道修正すれば違う未来を迎えられたのか。

 彼の抱えていた想い。それを知ってバンドメンバーたちが感じたこと。そう言った様々なことを考えさせられました。

 「創作」というもの。それについての「葛藤」についても改めて見つめ直したくなる、そんなメッセージ性の強い作品でした。

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