第3話  誰も知らない怖い話を教えて


answer:

わかりました。


ここでは、まだネットにも書かれていない “誰も知らない” 創作の怖い話をお届けします。

これは完全オリジナル怪談で、静かにじわじと恐怖が広がるタイプです。


──────────


~事故物件~


第一夜:インターホン


この春、地方の大学を卒業して都市部で就職することになり、一人暮らしを始めた女性、マユは、その日もいつものようにSNSを眺めて静かな夜を過ごしていた。

23時過ぎ、唐突にインターホンが鳴った。


引っ越したばかりで知り合いもいないのに、こんな時間に誰だろう?

恐る恐る玄関のカメラを覗いてみると、誰も映っていない。


アパートの外廊下はコンクリートなのでヒールの音なんかは特によく響く。息を殺して耳を澄ませると、ブー……───冷蔵庫のコンプレッサーの稼働音が急に大きくなった。ゴォーーー⋯。浴室換気扇が滞りなく回っている。ブロロロロロロ、ブゥン、ブゥウン! 遠くでバイクが吹かしながら走り去っていく⋯⋯。しばらく気配を伺っていたが、他には何も聞こえなかった。


誰かが誤って押して、すぐに気づいて逃げたのかもしれないと自分に言い聞かせ、それでも何だか怖いので、確認しないでそのまま寝てしまった。

翌日。会社に出勤する為、玄関を出た。すると、足元に置かれた一枚の紙切れに気づいた。

そこには、走り書きの乱れた文字でこう書かれていた。


「中にいる女に伝えて。あなたは “誰?” って」 



第二夜:見覚えのない写真


翌日、押入れの整理をしていたマユは、見覚えのないUSBメモリーを見つけた。

文房具や小型家電、実家から持ってきた荷物の中に、紛れていたようだ。

荷解きにも飽きたので、タブレットに挿して開いてみた。


恐らく写真好きな母のものだ。

白く柔らかなモスリンのおくるみに包まれた赤ちゃん、寝転んでいるところから座ってヨチヨチ歩き、両頬に人さし指をあてて小首を傾げている女の子、やがて女児が少女になり、中学高校、成長するにつれて写真の数は少なくなり、大学時代の写真に至ってはほとんどない。

誕生から22歳まで1000枚以上に及ぶ膨大な画像の記録。1枚ずつ横にスクロールしていったので、大学卒業式の赤い袴の写真まで来たときには優に1時間が経過していた。

義務でもないのに見続けて、やっと終わりか〜と思いながらも指がついつい反復動作してしまい、横にスワイプすると、写真が出てきた。


引っ越したばかりのこの部屋で、窓辺にもたれて立って、笑っている。


「え?」と、思わず声に出していた。


その写真に映っているのが、自分そっくりなのに、自分ではなかったからだ。

引っ越しの手伝いに来たとき、母が撮ったのだろうか?と、一瞬過ったが、撮られた覚えがないし、まず髪型ファッションが違う。マユは確信していた、これは自分ではない、と。


自分によく似た女が、窓辺にくの字に立って、下腹部を隠すようにそっと右手で左肘の辺りを掴んで、こちらに向かって笑っている。


気味が悪くて急いでフォト画面を消そうとしたが、何故か、次の写真が開かれた。


キッチンの床に、女が仰向けに倒れている写真。


見開いた目はぐるんと回転して遥か天を仰ぎ、金色のバレッタでまとめた黒髪は床上で乱れて顔中にまとわりつき、粉を振ったように白い唇はあんぐり開かれたまま、横たわっている。

女の下には鮮やかな赤が広がっていて───血だった。


さっきの自分そっくりな女が死んでいる写真だった。


「キャアッ!!」


マユは叫んでタブレットを絨毯の上に放り投げた。


「何なの、これぇ……」


呟きながら、涙がとめどなく溢れてきた。

写真から逃げるように部屋の角に身を寄せて膝を抱え、小さく丸くなる。


どれくらい時間が経ったのか、そっと近づいて、薄目でタブレットを覗いた。


画像がサムネイルの一覧表示に変わっていて、最後の画像は、卒業式の赤袴だった。

でも怖いので、マユは急いでフォトアプリを消して画面を暗転させた。


USBメモリーを外して捨てようとしたが、母の写真データかもしれないので勝手に捨てられず、元の段ボールに戻すしかなかった。


兎に角落ち着かないので、母に電話を掛けてみた。

「もしもし、マユ? どうしたの? 今日は会社はお休み? あぁそっか、日曜日と水曜日がお休みだったねぇ」

母の声を聞くと少し落ち着いた。

「ねぇ、お母さん、ここのね、私が借りた部屋って、相場より家賃安いって言ってたよね? もしかして、事故物件かな? それなら、なんか気味が悪いから引っ越したいな……」

「え? 何を言ってるの〜? 家賃安いけど、去年隣にビルが建って日当たりが悪くなったからだって、不動産屋さんが言ってたでしょ?」

「あ、そうだっけ? いわく付きじゃあなかったんだ……」

「そうよーマユは怖がりさんなのに、そんなところ借りる訳ないでしょ〜」



第三夜:消えた記憶


奇妙な出来事が時間という波にさらわれて少し薄らいできた頃。

23時過ぎ。マユの部屋のインターホンが鳴った。


マユは玄関のドアをじぃっと見つめた。

ただのイタズラなのが、怪現象か、引っ越してからもう何度目かの出来事だった。


コン、コン、コン……コン⋯⋯コン!


ドキッ!とした!!誰かがノックしている。

ノックは初めてだった。こんな時間に、本当に誰か来たのだろうか?

素直な疑問がもたげたが、やはり恐怖が勝っていて、返事をせず、リビングの壁に掛かっているカメラを覗き込んだ。


「ヒッ!」


自分自身が映っていた。夜のモノクロ暗視画像。眼だけが白く光っている。

何かを囁くように唇を動かしている。音声は拾われない。


『終了』ボタンを押して一方的に画像を消そうとした指の動きを見ているかのように、女がこちらを見た。


〈はやくでていけ〉


急いで画面を消して、母に電話した。

「お母さん!? ごめんっ……起きてた? やっぱりこの部屋変だよっ怖いよ」

「マユ? どうしたの? 今日は会社はお休み? あぁそっか、日曜日と水曜日がお休みだったねぇ」


何か違和感があったが、それが何なのか分からず、マユは続けた。


「私もう家に帰りたいよぅ。そっちからも電車で通勤できるよね?」

「どうしたの? マユ……大丈夫? 分かった。お母さんが行くから、心配しないで待ってなさい。部屋のドアは、絶対に開けちゃダメよ。絶対に、開けちゃダメ……」


コン、コン、コン……コン⋯⋯コン⋯⋯


ノックは続いていた。


コン、コン、コン⋯⋯⋯⋯

「マユ、開けてちょうだい」

唐突に母の声で呼びかけてきた。実家は、車で50分くらいは掛かるはずだ。

「マユ、開けなさい。お母さんよ」

「マユ、はやく開けて」

「ねぇ、お母さんよ。マユ」

「早く開けなさい」


部屋に取り憑いた幽霊が、母と偽って自分を騙そうとしている。大切な母を利用されたような気持ちになって、悲しくなって幼子のようにワンワン声を上げて泣いてしまった。

そのうち、ノックは聞こえなくなった。


どれくらい経ったのか、ガチャ、とドアの鍵が開いたが、チェーンを掛けていたのでガチャーンッ!と鉄の扉が弾かれて物凄い音がした。

「ウワっ! マユっいるか!?」

「えっ? ⋯⋯お父さん?」

マユは玄関のドアに駆け寄って、チェーンとドアの隙間に父を見つけて、驚きと安堵に包まれながら、父を中に入れた。


「お父さんどうしたの? ねぇお母さんは? 私、お母さんに電話したんだけど⋯⋯今から来てくれるって言ってたのに⋯⋯」


父は複雑な面持ちでマユを見つめていたが、躊躇うように口を開いて、閉じて、また開いて閉じて⋯⋯繰り返した後、ようやく切り出した。


「マユ、お母さんは病気なんだ」


父が言うには、母は数年前から若年性認知症を患っていて、最近は特に、記憶がおかしくなっているというのだ。家族のことが思い出せなくなるときがあり、独身時代に住んでいたアパートに帰らなきゃ、と言い出すのだという。

行動・心理症状も酷く徘徊、妄想、幻覚等が現れるようになった為、マユが一人暮らしをはじめてすぐ入院したという。


「え? 知らない……私っ、そんなの聞いてないよ!」

「お母さんは、マユに心配かけたくなくて、話さないでくれって……ずっと秘密にしてたんだよ。マユにだけは知られたくないって泣いて頼まれて、言えなかった……ごめんな」


母は入院中の病院を何度か抜け出して、このアパートに来ていたらしい。今回は部屋の外で父が見つけて、病院に連絡して迎えに来てもらったそうだ。


「そんなぁ……ウソでしょ、お母さん…お母さんに会いたい……」


どんな母でもやっぱり母だから、会いたかった。それが、マユの偽りのない正直な気持ちだった。



第四夜:メッセージ


マユは、母の病状が少し落ち着いたとの連絡を受けて、父と一緒に病院を訪ねた。

マユの住む街の総合病院。診療内科の入院病棟だった。


母は4人用の大部屋にいた。入口側の左ベッド。カーテンで囲んであって中は見えない。奥のベッドに入院しているもう1人の患者もカーテンを閉め切っていて、病室は静かなものだった。


診療内科の病棟だというので、狂気に満ちた異空間のような先入観を持っていたが、普通の病棟と同じ、清潔で落ち着いた雰囲気に、マユは少なからずホッとしていた。


病気のせいか、母はマユが知っている母と少し違うような気がした。

始終ぼんやりしていて、返事も虚ろだ。

「薬を飲んだばかりなんだよ」

父がどこか悲しげに、ぽつりと言った。 


「●●さん」


ドアの方から呼ばれて、父がカーテンを少し開けると、パソコンと紙の書類を抱えた看護師が、サッシを跨ぐように病室の境界に立っているのが見えた。すみません、と看護師は頭を下げた。

「ちょっと来てもらっていいですか? 書いてもらわないといけない書類があるんです」


父が病室を出て行った途端、

「マユ!」

母が呼んだ。ぼんやりしていたのが嘘のように勢いよく起き上がり、驚くマユの腕にすがりついた。その反動で、後頭部のまとめ髪が乱れて、ハラリと頬に黒髪が落ちてきた。


「おねがぃい! あの部屋から、出てちょうらいぃっ。あそこはラメよー。おかぁさん、やっと思いらしたの……」

「な……なに?」

「あのね、あの……」


母は懸命に何か伝えようとしていたが、ろれつが回らず、言葉が続かない。


「あの、えと……」

「マユ!」 


父が大袈裟な音を立ててカーテンを開け、駆け寄ってきた。


「お母さんから離れなさい! 危ないッ!」


マユの腕を掴んでいる母の手を叩いて払い除けた。


「アッお母さん!」

「イヤァ〜まゆぅぅ〜〜」


母が変な声を出すので、父がすぐに看護師を呼んだ。マユは、母が何を言おうとしたのか気になったが、母が我を失ったように号泣して暴れ出すので、そんな雰囲気ではなくなってしまった。


「マユゥゥゥゥ! ダメよーー! 行かないでよぅマユゥゥゥ〜マユゥゥゥ〜お母さんをおいて行かないでぇぇえぇ」


帰りの車で、父が言った。

「マユ、大丈夫だよ。お母さんは、きっと良くなる。病院で治療すれば、きっと良くなっていくから。待ってような」


真面目で寡黙な父が、涙ぐんで一生懸命話していた。

マユは掴みどころのない不安と焦燥に駆られていたが、何も言えず、黙って父の言葉に耳を傾けていた。



──────────


最終夜:正しさという罪


父に送ってもらい、アパートに着いたとき、夕日はだいぶ傾いて空は濃紺を呈していた。


玄関の鍵を挿して開ける、のだが、手応えがなかった。


(あれ? 掛け忘れてたみたい……)


元々忘れっぽくてよく掛け忘れてしまう。またやらかした……。自分で自分に呆れて、張り詰めていたものがふやけて、軟体化しながら自室に入った。


いつもと変わらない──独身女性の小ざっぱりした部屋。

ただし、いつもと違う。甘くスパイシーなクローブのような香りが曲線的な揺らめきと共に漂ってきた。


リビングのテーブルをよく見ると、写真が1枚置いてある。

近づいて手に取ってみる……。


「イヤァッ!!!」


窓辺にもたれて立って、笑っている。知らない女の写真。


「なんでッ何この写真!」


バンッ!!


背後で、扉が壁にぶつかる音がした!

ビクッと跳ねて、内臓が締め付けられるような感覚と共に、ゼンマイ式にぎこちなく振り返った。


玄関横のユニットバスの扉が開いていて、その小さな扉を屈んで潜るようにして、男がのそっと現れた。こちらに向かって歩いてくる。


「え? だれ……」


手にはナイフを握っている。

男は黙って近づいてくる。


一瞬のうちに、様々な感情や言葉が頭を巡った。


知らない女が窓辺で笑っている写真。そのあと見た、血の海で死んでいる女の写真。死んだ女は、窓辺の女に似ていたが、どこか違っていた。よく考えると、今のマユのように髪を金色のバレッタでまとめて、白いシャツを着ていた。あぁ、あの写真は、私だったのか、と気づきながら、最後に浮かんだのは、母の涙だった。



「マユゥゥゥゥ! ダメよーー! 行かないでよぅマユゥゥゥ〜マユゥゥゥ〜お母さんをおいて行かないでぇぇえぇ」



──────────


【了】


──────────


ご希望なら、もっとこの「マユの世界観」に連なる “誰も知らない怖い話” を続編として書くこともできます。

もしくは、全く別のタイプの「オリジナル怪談」もお届けできますよ。


夜中に読む場合は、本当に静かに読んでください。

そうしないと……あちらの世界も、あなたに気付いてしまいますから。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


私『誰かと入れ替わったり記憶が失われたり自分の存在が脅かされたりしないのに怖い話はありますか?』

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怖い話についてAIと議論する 路地623 @rojimi623

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